第五魚 Our Aquarium Styles

5ー①

一学食


「私、自分の部屋に水槽を置きたい!」


 礼は向かいの席に座る唯とコメットに言う。


「……置けばいいじゃん?」


「そうよ。水槽の立ち上げ方だって、もう知ってるんでしょ?」


 時は昼休み。1年生3人は食堂の隅で昼食を食べている最中であった。


「簡単に言わないでよ。赤比家には人間以外の生き物はいないんだよ?いきなり水槽置いて魚を飼いたいだなんて言い出して、許可が下りるか解らないじゃない」


 部室で魚を飼い始めて数ヶ月経ったものの、未だに魚の世話は部室でしかしていない。泳ぐ魚の姿も、与えた餌を食べる愛くるしさも、家で味わいたい。水槽をただぼーっと見ながら癒やされたい。それがアクアリストのサガなのだ。


「礼ちゃんもアクアリストらしくなったねぇ。あたしも嬉しいよ」


「解るわよアヤ。ワタシも砂に潜って頭だけ出してるドジョウをずっと見てる事があるもの」


 アクアリストあるあるに頷く唯とコメット。


「だから、私はお父さんとお母さんを説得して自分の部屋に水槽を置きたいの。でも、どんな水槽を置いて何を入れようかとかまだ決まってなくてね……」


「それで、先輩アクアリストのワタシ達に相談ってワケね?」


 礼はこくりと頷く。


「まずは両親の説得からだね。水槽を置く上でのメリットとデメリットを説明できないと」


「メリットとデメリットかあ……メリットって何かあるの?」


 礼の問いに首を捻る唯とコメット。


「……冬も湿気で加湿器代わりになる」


「……だからドライアイにならないわ」


「それだけ!?」


 実質1つだった。


「そして湿気は夏にはデメリットでもあるんだなこれが」


「おまけに電気代や水道代も掛かるし、水槽が割れたりフィルターから水が漏れた時、その水で床が腐ったり、マンションやアパートだと下の部屋に浸水して修繕費を100万単位で請求されたなんて話も聞くわ」


「え?やだ、怖い」


 アクアリウムにおける失敗談は検索すればSNSやブログでの書き込みが沢山出てくるので、検索してみるとよいだろう。


「ヒーターの空焚きで火事なんてのもあるし、アクアリウムって実は大きなリスクを持った趣味でもあるんだよ。だからあたしみたいに親の保護下にある学生はちゃんと親に了承を得てから始めるべきなんだ」


「そっかぁ。唯ちゃんとこは家がショップだから理解あるどころじゃないんだろうけど、コメちゃんはどうやって許可してもらったの?」


「ワタシのママは元々金魚マニアなの。だから娘にコメットなんて名前付けたみたいだけどね」


 コメットは英語で彗星という意味であり、アメリカで作出されたその金魚は尾が彗星を思わせるほど長いことからそう名付けられたのだ。


「親御さんがアクアリストってのは有利だね」


「でもまぁ、あたし達が言ったデメリットやリスクも小さな水槽なら微々たるものだからさ」


「そうね。アヤは部室で60cm水槽を使ってるんだから家では小型水槽でもいいんじゃない?」


「小さい水槽かぁ。それなら机の上とかにも置けるかも……」


「今は“ボトルアクアリウム”っていうそこそこ大きめの瓶で水草と魚を飼うのも流行っててさ、ほらこんな感じ」


 唯はスマートフォンの画面を礼に見せる。検索サイトにボトルアクアリウムと入力した結果には、様々な形の瓶にレイアウトをされた小さなアクアリウムが並ぶ。


「わぁ。すごい可愛いし綺麗!」


「この電球を使ったやつなんて、よく考えたわね」


 ボトルアクアリウムは文字通り瓶などのガラス容器に水草や少数の小型魚・エビなどを泳がせたアクアリウムの手法であり、各メーカーからも専用の容器などが販売されているくらいだ。


「問題はめちゃくちゃ難しいってこと」


「えっ」


「水槽を立ち上げるときに、60cmが初心者にちょうどいいサイズだって言ったの、覚えてる?」


 礼は唯と寅之介にに言われたことを思い出してみる。


「たしか、水は多いほど水質が変化しにくいんだっけ」


「そう。ボトルアクアリウムは水が少ないから水質の維持が大変なんだ」


「そうね。容器が小さいとフィルターだって入れられないんだから。その場合、水草の浄化能力に頼ったりスポイトで頻繁にゴミを吸い出したり水も毎日少しずつ替えるのよ」


 礼が入部試験としてアカヒレを家で管理した時のメンテナンスと同じである。アレがずっと続くのだ。


「ボトルアクアリウムに拘らなくても、30cm水槽くらいならそこまで大変じゃないわよ?小さい魚ならそこそこ飼えるし」


「ま、礼ちゃんの場合は親御さんの許可を得る所からだね」


「そだね。何とか説得してみるよ」


 3人は弁当箱や食器を片付けると、教室へと戻ってゆく。

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