4ー⑨

河原を散策する礼と唯。


「そういえば他のみんなは?」


「別行動してる。登場人物が多いと読みづらいでしょ」


「……何の話?」


 その時だった。葦の茂みがガサリと音を立てた後、ボチャリと大きく入水音が聞こえる。


「えっ!何!?」


「何かが水に飛び込んだ音だね。あの音の大きさだと、ウシガエルかアカミミガメかヌートリアかな?」


「川って魚以外にも色んな生き物がいるもんね……」


「因みにさっきあたしが言った生き物も北米産の外来種」


「日本の水辺って北米化してきてない……?」


「アメリカザリガニとかブラックバスも北米産だもんね。でもさ、その中でも危険な生き物がいてね。 それがアライグマとカミツキガメ。見かけたら関わらずに逃げた方がいいよ」


 アライグマとカミツキガメはともにペットとして飼われていたものが脱走や遺棄により野生化し、増殖した外来種なのだが、これらは獰猛な性質をしている為、咬まれた際に高確率で負傷する。


「そのカミツキガメってさ、大きい亀?」


「そうだよ。 ガメラみたいな茶色いやつ」


「……そこにいるアレじゃないの?」


「え?」


 唯は礼の指さす方向を見た。


「うわー!居たー!!」


 そこにいたのは甲長50センチはある巨大な亀だった。


「どどどどうしよう唯ちゃん!」


「と、とにかく落ち着こう!素数を数えるんだッッ」


 亀は大きく口を開け、威嚇する。


「ギャー」


 大きく開かれた口腔内には、赤いミミズのような舌が見えた。 そして噴気音を鳴らながら威嚇する。 恐怖に足が竦む唯と礼……その時だった。 ガシッと音を立て、亀の背中にブーツを履いた足が乗せられる。


「居たぞッ!ワニガメだ!!」


 亀の背中を踏みつけているのは、一人の若者。リーゼントヘアにパンクロッカーの様な服装、凛とした端正な顔立ちをしている。


正一しょういち榮一えいいち!」


「はっ」

「ここに」


 いつの間にか現れたのはスキンヘッドとモヒカンの男二人。同じ顔をして いるため、双子だろう。スキンヘッドの方は暴れる亀の甲羅を、首の後ろと尾の上に当たる部分を左右の手で掴み、モヒカンの方は大きな麻袋を広げた。


小姐シャオジェ!」


「おう!」


 亀を踏んで押さえていた男前も、スキンヘッドとは反対側から同じように甲羅を掴み、


「せーのッ!!」


 二人で協力して持ち上げ、 麻袋に放り込んだ。そして、モヒカンが麻の口を素早く結んでで閉じると、中の亀は諦めたのか動かなくなった。


「す、すごい……」


 目の前にいきなり現れた巨大亀と、それを素早く捕獲した3人組の手慣れた連携に呆気にとられた礼と唯。


「君たち、怪我は無いか?ワニガメに噛まれたら指なんて飛んじゃうぜ」


「はい、大丈夫です……わにがめ?」

「それ、カミツキガメじゃないの?」


 唯は麻袋を指さして問う。


「よく似ているが、違う生き物だよ。こいつはワニガメ。北米産の生き物で、棄てられたペットが日本各地に定着しているんだが、そこもカミツキと一緒だな」


 ワニガメ、別名アリゲータースナッパー。甲長70cmくらいまで成長する亀だが動物愛護法により 『特定動物」 という人間に危害を及ぼす生き物とされており、移動や飼育には特別な許可が要る上にその許可は個人では取得できない。 愛護法で規制される前に大量に子ガメが輸入され、その殆どが大きくなったら棄てられたのだ。筆者が小学生の頃にも田舎の熱帯魚屋でワニガメの子亀が小学生の小遣いで買えるような値段で売られていたのを覚えている。


「ここまで大きく育った見事な個体……我々で引き取りたい所だが……」


「法で定められている以上、それは出来ぬ。致し方あるまい……」


 双子のモヒカンの方がスマートフォンを取り出し、 どこかへ連絡を取る。


「その亀、どうするんですか?」


 礼が問うと、男前は答える。


「警察に一旦預かってもらう。そんで引き取ってくれる動物園や水族館が見付かればそこで暮らすんだろうが、見付からなきゃ……殺処分だろうな」


 もの悲しげな眼差しで袋を見つめる男前。


「でもこのまま放っておいても亀や他の生き物にとって良くないから、 オレ達はこの亀を捕まえに来たんだ。 目撃情報があったから、テレビとかで面白おかしく晒される前にな」


 と、男前はSNSに上げられた写真を見せる。


「オレはアキラ。そっちのモヒカンが正一、スキンヘッドが榮一。オレ達は趣味で爬虫類の研究をしている者だが……君たちのそのジャージ、翠涼学園の生徒かい?」


「はい、 翠涼学園の1年です……」


「水槽学部って部活……っつっても、ブラスバンドじゃなくて……」


 唯の口から出た言葉を聞くなり、アキラの目つきが変わり、唯と礼を睨む。


「ブラスバンドじゃねえ方のスイソウガク部だと……?」


 切れ長の目つきが攻撃的になり、礼は蛇に睨まれた蛙のように怖気立おぞけだつ。


「……失せろ!オレはアクアリストと、メガネの優男が大嫌いなんだッッ!!」


 比較的柔らかだった物腰を豹変させたアキラに怒鳴り散らされ、礼と唯は一目散に逃げ 出した。


「小姐、あの部に1年が!」

「少なくとも2人は入っている様ですぞ?」


 正一、榮一はアキラに言う。


「もう、あの部が部員不足で潰れる事は無いってワケか……おまえら、ヒデとツヨシにも伝えとけ。光青達からあの部室を奪い返してやろうってな!!」


 アキラが双子に命じた後、程なくして通報を受けた埼玉県警のパトカーがワニガメを回収しに川沿いの道路に停車した。

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