3ー⑨

「フーン……まぁ、いいわ。ワタシ、まだ水槽のセットアップすらしてないから今日は魚を買う気はなかったもの。折角だから器具をもらってくわ。そこの90cm水槽とLEDライト、フィルターはエーハイムの2080に田砂と流木……あ、スクリューバリスネリアもあったらお願い」


 次々と器具の購入を決めるコメット。


「唯ちゃん、 スクリューバリスネリアって?」


「ネジレモっていう琵琶湖原産の水草だよ。 あの子、水草まで日本原産にこだわるんだね」


「いや、そんな事より買い物の金額がえげつねえぞ……」


 コメットの買い物総額は5桁に達しようとしていた。先ほど礼が泣く泣く手放した金額の実に百倍である。


「お、お嬢ちゃん……金は持ってるのかい?」


「あ、日本に来たばかりで円の持ち合わせが無いわ。カードは使えるかしら?」


 コメットは財布から一枚のクレジットカードを取り出した。


「あ、アンタ……ブルジョワかい?」


「さて、どうかしらね~……あ、どうやって持って帰ろうかしら。 90センチ水槽なんて、ワタシ一人じゃ持って帰れないわ」


 ちらりと雷蔵の顔を一瞥するコメット。


「……ご自宅まで、車で運びましょう。!!」


「お父さん?」


「唯!寅!お前らも軽トラに荷物載せるの手伝え!!」


「さーて店長、ワタシ次もこの店で魚を買いたいんだけど、もっと日淡を沢山仕入れてくださるかしら?」


「任せてください!」


 雷蔵の頭は上客獲得の事で一杯だった。漫画表現なら瞳が¥か$のマークになっているだろう。


「ポリシーはどうした、おやっさん」


「カッコ悪いよ。お父さん」


「うるせえ!商売人は利益が最優先だぜ!俺はお客様を送ってくから店番頼んだぞ寅ァ!!」


 雷蔵は軽トラに乗り込み、エンジンをかける。


「そう言えば、アナタ達の名前を聞いてなかったわね」


 コメットは店を出る前に礼と唯へ向き直る。


「私は礼。赤比礼!」


「あたしは遠藤唯。あの守銭奴オヤジの娘で、この店はあたしん家だよ」


「アヤに、ユイね」


 コメットは二人の制服を一瞥し、再び視線を戻した。


「近い内にまた会うわね。See you」


  と、言い残し店を出ると、雷蔵が運転する軽トラの助手席に乗り走り去った。


「コメットちゃん……変わった子だったね」


「また会うってのは、また客として来るって事かな?……さてと、あたし達は部室に戻ろうか?」


「おい待て、お前ら店を俺を一人にする気か!?」


「だって早くしないとパッキングした魚が弱っちゃうじゃん。文句ならお父さんに言ってよ」


「大丈夫!寅さんならやれますよ!」


 と言って、礼と唯は店を後にした。

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