3ー⑦

「ネオンテトラ5匹に白コリが3匹、エンドラーズが1ペアにアンブリア、クリプトとナナが1ポットずつ。しめて4600円だぜ!」


 礼が五千円札を雷蔵に渡す手は、少し戸惑いを見せていた。高校生にとっては、決して安くない金額である。


「水槽とかの初期費用がタダだったんだからいいじゃんか。あのへんはセットで1万円超えちゃうんだよ?それが浮いたと思えばさぁ」


「うん、解っちゃいるんだけどね……」


 モノと価格の一致が脳で上手く処理できない、趣味を始めたばかりの者にはよく訪れる現象である。


「1匹千円以下は全て安い魚!そう思えてからがアクアリストの金銭感覚だな」魚と水を透明なポリ袋に入れ、機械で空気を充填したのち輪ゴムで袋の口を水がこぼれない様に結ぶ寅之介。水草の場合は水を入れず、濡れた新聞紙でくるんで袋に入れ同様に空気で満たす。 この一連の動作をパッキングと呼ぶ。


「寅ちゃんのパッキングも慣れてきたねぇ」


「お魚を水槽から掬うのも上手かったね」


「寅、おめえもうウチに就職しちまえ!何なら唯と結婚しちまえ!そしたら店の跡継ぎ間題も解決だ!ガハハ」


「冗談はよしとくれよ、おやっさん!唯も何か言ってやれ」


「あたしぃ?別にイヤじゃないよ〜?でも店の名前が変わるのはイヤだから~……」


「寅さんが婿入りすればいいんじゃないですか?」


「お前まで俺をからかうとは思わなかったぜ……」


 冗談を笑い飛ばす一同。そこに店の入り口が開く。


「へいらっしゃい!」


「Hi」


 雷蔵のへいらっしゃいに短く答えたのは、体格や年恰好は礼や唯と同じくらいだが、髪の色は金髪で、それをツインテールに纏めており、白い肌をピンク色のキャミソールと丈の短いデニム、そしてデカいサングラスで着飾った少女。


「……………外人さんかな?」


「服のセンスも外人さんだね」


「俺、英語で接客なんてできねえぞ?」


 小声で話す礼たちには目もくれず、白人と思しき少女は店内を見て回る。


「初めて来る客だな」


 雷蔵が少女の動向を観察していると、彼女はこちらを向いた。


「ちょっと、店員サン!」


 少女の口から出た言語は日本語であった。


「はい、何でしょう?」


 すぐさま寅之介が向かう。客が買う魚を水槽から掬うための網と小さいプラケースも忘れず携行する辺り、店員の動きが体に根付いている。


「お宅の店、日淡はこれだけなの!?タナゴは?ヨシノボリは!?」


 少女が指さす水槽に入っているのは、シマドジョウとキンブナだけだった。


「お客様、当店で日淡の在庫はそれだけになります」


 敬語で話す寅之介に新鮮さを見出しながら、礼は唯に


「にったん……って何?」


 と、質問する。すると、それを聞いた少女は礼をキッと睨み、歩み寄って来た。


「ちょっとアンタ、それでも日本人のアクアリストなの!?信じられないわ!」


「ごめんねお客さん。この子、昨日水槽を立ち上げたばかりの初心者なんだよ」


 と、唯。当の礼は少女の剣幕に怯えている。


「フーン……だったら、その初心者チャンに教えてあげるわ。日淡の魅力を……このコメット様がね!」


 コメットと名乗る少女は、馬鹿でかいサングラスを外し礼に顔を近づけた。アーリーというシクリッドの如く瑠璃色の瞳には思わず見惚れそうになる。礼が同年代同性の人間に至近距離で顔を近付けられたのは、今日で二度目だった。

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