3ー③

「全く、お父さんってば......」


「唯ちゃん……」


 礼に呼ばれ、唯は礼と手を繋ぎっぱなしだった事に気付く。


「ごめん、礼ちゃん!」


 礼の顔を見ると、彼女は怒ったり困ったりでもなく、微かに笑っていた。


「手なんで繋いじゃって、デートみたいだねぇ」


「礼ちゃんまでからかわないでよ……」


 しかし、唯も勝ち気な性分である。やられたら倍やり返すのが彼女の信条だ。


「あたしが男子だったら、礼ちゃんとのデートはウチの店じゃなくて、すみだ水族館に行くよ。ソラマチにはアクアフォレストもあるしね」


 と言いながら、もう一方の手でも礼の手を握り、吐息がかかる距離まで顔を近付けた。因みにアクアフォレストとは、都内に3店舗ある水草と小型魚を主に扱う小洒落た観賞魚店である。


「ちょっと、唯ちゃ……」


  思わぬ反撃を食らい、次の手を考えていなかった礼は頬を染め硬直するしかなかった。


「……何してんだ?オマエら」


 互いに鼓動を高鳴らせていた札と唯の横から突然掛けられた声に、二人の心臓は急停止しそうになる。


「トラちゃん!?」


「寅さん!?」


 声の主は水槽学部2年、須磨寅之介。二人の見知った顔だった。


「急に話しかけないでよ、ビックリするじゃんか!」


「っていうか、寅さんこそ何してるんですか!?」


「俺が悪いみたいになってないか!?そして俺の質問を同じ質問で返しやがったな?俺が何してるかは、この格好見りゃあ解んだろ!」


 寅之介は遠藤観魚店のロゴが入ったTシャツにエプロンという、先ほどの雷蔵と同じ出で立ちであった。


「寅ちゃんはウチでバイトしてるんだよ」


「買いたい魚がいるから金が要る。そして修行にもなるからな。礼は魚を買いに来たんだろ?欲しい魚がいたら店員に声を掛けろ。それが基本的な魚の買い方だ」


 と、言い残して寅之介は店の入り口へ歩いて行く。ちょうど間屋から荷物が届いたので開封等を行うのだ。


「アルバイトかぁ……ウチの学校では禁止されてないもんね」


「寅ちゃんは部長の光ちゃんと顧問の許可も得てるんだってさ」


「顧問の先生、いたんだ……そういえば私、今使わせてもらってる器具も水草も魚も貰い物しか無いから、お魚の値段とかよく解ってないや。お金、足りるかなぁ……」


「ふふふ。足りなかったら体で払ってもらおうかな~?」


 と、笑いながら唯が礼の尻を撫でると、礼の短い悲鳴が響く。


「コラぁ!オマエら、他の客に迷惑掛ける様な事してんじゃねえ!!」


 寅之介が水と小さな金魚の沢山入った、大きなポリ袋を両手に持ちながら怒鳴る。


「何で私が怒られなきゃなんないの~!」


 理不尽な責め苦に遭いながらも、礼は魚選びを始める事になった。

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