第8話 ⑤団長も領主も変わらない
「……なるほど……」
ヴァタピールこと、ミレディは、見事な流し目で吐息を吐いた。それにしても、この嫌味なほどの男どもの美女の変貌はなんなんだと、ラブラミントはいささか腹を立てているが、ミレディは気付く素振りもない。
「魔女の魔法陣と、君の怒りが次元ハレーションを起こした、というわけか。ここは、おそらく英国のアナザーワールドだ。私もすぐに調べたが、イングランドは既に北東の亡国になっていた……戻るあてもなく、座っていたら、ここの団長にスカウトされたのさ」
ミレディは告げると、ふっと目を優しくした。
「セディスの時と同じだ。座り込んだ私に手を差し伸べた。セディスの父は暴君だったが、セディスがカモミールを変えたのだからね」
「……聞いてるわよ。『道で執事を拾った』って」
「あのバカは、何かもっと言い分がなかったのか……」
しかしミレディの口調はどこか、愛おしさに溢れていた。女性だからなのか、本当は優しいのか、いまいちミステリアスな元執事である。
「で? ここの団長は逃げたのよね?」
「いや」
ミレディはネグリジェを揺らすと、「ついてきたまえ」と男言葉でラブラミントをテントの外に連れ出した。
「見えるか?」
明るくなった街には、時計塔がしっかりと陽を受けて輝いていた。この世界は昼と夜ががらりと変わる。従って、夜にしかない建物や、海などもある。逆にあの時計塔は……
「見覚えがあるだろう。カモミールから見えた時計塔だ。突然中央に生えたようにも見える。ラブラミントお嬢、これは仮設に過ぎないが……」
「仮説?」
「魔女の魔法陣は時の間を破壊して、過去と未来を引き寄せたのではないだろうか。おそらく、原因はきみだろう。きみだけが、退化しているから」
「ハーノヴァーの魔女の家系だから?」
大嫌いだったけれど、権力だけは頼りだった王家を口にした。ぞっとさせる何かが背中に這い上がる感覚がして、ラブラミントは目を瞑った。
ハーノヴァー家も闇を生きた貴族だ。その血はラブラミントにも流れている。
「分かっているじゃないか」
「……眼を背けるの、嫌いなのよ」
――ラブラミントは僕を見ていないね。目を背けてる。
セディスの声がして、ラブラミントははっと身じろぎをした。ラブラミントには自分を抱きしめる癖がある。厳格な父親と母親から身を護るための仕草だ。こうすると、小さな仔羊に見えるのか、父も母も、きつい態度を止めてくれる。
そう、セディスは時折恐怖を思い出させる。鞭を持った父のような。
******
「……イングランドが亡国?」
セディスはふむ、と腕組みをしたが、どうもバストが邪魔で、いつものようには組めない。仕方がないので、腕に挟み込むようにすると、何とか組めた。
外で並んでいるミレディとラブラミントを眺めていると、何か奇妙なものを感じそうになる。
ミレディことヴァタピールの周りが白い。
ラブラミントは俯いたが、何か言われて、ぱっと顔を上げた。
その笑顔に癒される。
ラブラミントは笑っていた方が、いい。
異世界転移したので、サーカス団長としてのんびり旅しながら魔女の討伐目指します!! 天秤アリエス @Drimica
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