第7話 ④猛獣遣いのミレディは……

「まあ可愛い」

 オネグリの美女は硬直したセディスの耳をツンツンと引っ張り、今度はよく動く白黒の尻尾をぐいと引っ張った。


「うにゃっ!」


「まあ可愛い」と再度告げると、セディスの胸に気がついたらしく、そのたれ目のなきほくろのセクシーな眼をぱちくりと魔方陣に注ぐ。


「なるほどねえ」と手に何かを持っているようなそぶりを見せる。(この、動作……視たことある)とラブラミントは考え込んだ。


 団長がいないサーカス団……領主が消えた貴族の屋敷が重なって見えた。


『セディス様、またどこへお遊びに? どうせなら、私と鞭で遊びませんか?』

『それは引っ込めろと言っただろう!』

『いえ、鞭は先代より正当なるしつけの道具だと聞いております。我々執事一家にとて、は順当なる道具。これが唸る時、わたしは恍惚を憶えます。しかし、出来れば使いたくはありませんが、これも執事の役目!』


(ああ、よく見た光景……)


 カモミール領主のセディスが魔方陣で美女(猫)になって、婚約者のハーノヴァーの娘、ラブラミントは幼女になった。執事がこうなっていてもおかしくはない。


「あの、まさかだが」


 さすがのセディスも気がついたかとラブラミントはまさかを打ち消し、目の前の美女を改めて眺めてみる。まっすぐな金髪に、透けるようなネグリジェ、それに透けて見えているボンテージのようなレオタード姿にすっきりとしたサバサバ系の顔、特徴ある泣きほくろに、まっすぐな姿勢。胸は多分押さえているが、腰のくびれは「夜のサーカスは得意なのよ」と言わんばかりのボンキュボン。しかし、中身は……。


 しかし、セディスはのうのうと尋ねたのだ。


「きみもサーカスに出ているの?」

 美女はにっこりと笑った。しかし目が笑っていない。


「……。初めまして。副団長のミレディです。前世では、どこかの莫迦のお世話をしていた気がして、ここでは猛獣遣いですわ。古来より領主や団長は悪目立ってバカでそして魅力的で可愛くて、虐め甲斐があり、神から授かりしマゾヒズムを兼ね揃えているものと相場が決まっております」


(この捻った嫌味で決定だな)と冷静にラブラミントは吐息をつく。全てを変えてしまう魔方陣なのだから、こうなってもおかしくはない。ただし、謎は残っている。


 ――執事、ヴァタピールは、記憶がないのかしら? それとも?


 セディスは「待ってくれ」と頭を押さえてラブラミントを振り返った。


「ラブラミント、この美女の言っている意味が全く以てわからないんだが。まるで執事のヴァタピールの放つ意味不明な言葉のようだよ。僕は彼のいうことが1/3も理解できなくてね」

「……あんたが団長にぴったりと言ってるのよ。『悪目立ってバカでそして魅力的で可愛くて、虐め甲斐があり、神から授かりしマゾヒズムを兼ね揃えている』セディス」


「ああ、ぼくも今の僕は可愛いとは思う。ナンパされても不思議はない」


(そうじゃないわよ)と突っ込みたいが、ラブラミントはセディスの手を引いた。

 ここはまだ相手が本当に執事なのか、わからない以上様子見が良いだろうと思ったが、セディスはじーっとミレディの顔を見詰めている。


「わたしに、なにか」

「うちの執事の親戚か何かかな?」


 自分が女になったのだから、相手にも有り得るということに全く以て気付かないらしい。「うちの執事に似ている気がしたんだ」とセディスはもって生まれた野生と本能のみで答えるのだった。


***


「団員はたくさんおりますが、ある日団長がスタコラサッサと逃げたのです」

 ミレディはテントの中を案内してくれた。驚くことに、動物たちは檻に入っておらず、地面で思い思いに座っていた。

「団長が逃げたんですか。僕は、仲間を残して逃げることはしないぞ」

「まあ、素敵」

「ありがとう。特に、君のような美女……」


 ラブラミントはセディスの手をつねり上げてスネを蹴飛ばした。このお気楽領主は自分のそのばいんばいんの胸を憶えていられないのか。なぜ、この容姿で中身のまま行動できるのか不思議ではある。


「あんたは今猫耳美女! よく考えて行動してよね!」


「そうだった」


 これである。セディスはこの世界がどんなに変わろうと、変わらないものだけを見ているのではなかろうか。


「ところで。ラブラミント。この動物たちにも見覚えがあるのだが」

「ん? このライオンさん、ペガサスさんたち? 可愛い、ハルピュイもいるのね。ハルピュイは凶暴なのに、大人しいものね」

「躾が出来ているのと、元々動物は敵意などむき出しにしないで生きていますからね」

「ところで、ミレディ。この世界について聞きたいのだが」

 とたんにミレディは俯き加減になり、「世界ね」と低く呟いた。


「おまえの火遊びのせいだろうが……!」


 空気を凍らせる唸りを上げておいて、にっこりと顔を上げた。「その、魔方陣素敵ですわね」と。瞬間、セディスの首ががくりと降りた。

 太陽の光でセディスは眠くなるのである。見れば朝陽が見事なほどにセディスを照らし上げていた。

「ああ、おひさま嫌いの貴族様はお休みの時間か」とミレディは呟くと、投げ出してあった毛布を手にそっとかける。


「貴族はヴァンピールの夜行性で夜遊び惚けては太陽に照らされると道路でもどこでも眠いと寝てしまう。執事やメイドは探し回るために早起きとなった……」


 告げたあとで、振り返った。


「さて、バカは寝た。どういうことか、説明して貰いましょうか。ラブラミント様。このヴァタピールの身に何が起こり、ここにいるのか。どうしてイングランドが滅びた世界に飛んだのか!」


 







 

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