2
その日の午後、ぼくらは久しぶりに新天地第三公園に集まっていた。
事件後、なんとなく足が遠退いていたのだが、特に出入り禁止になることもなく、ぼくらは木陰のベンチとテーブルに陣取り、思い思いに事件の情報を交換していた。
「なんか、愉快な刑事さんが来てね、事件のこと、訊いてきたの」
言い出したのはチコだった。なんだか彼女の様子は非常に楽しそうだった。
「ああ、うちにも来たよ。警察も大変だな」
何をどう大変と言っているのか、ハクの言葉はよくわからなかった。天才たるゆえんか、ハクの説明はよく起から承転を飛ばして結に直接向かう。本人以外の、誰も彼の思考の経緯は読めない。困ったやつだ。
「へぇ、二人のとこにも来てたんだ? キョウちゃんとこも?」
感心したようにユウナはうなずいて、ぼくを見る。
「ああ、今朝、来たよ」
ぼくらの関わりは間接的なものに過ぎないけれども、それでも聞きに来たと言うのは犯人の目星がほとんどついていないのか、根拠薄弱の容疑者が多すぎて絞れないのか。あ、どっちも同じ意味か。
誰もシュンに尋ねるような無駄な事はせずに。
「ふーん、やっぱりみんなの所にも来たんだ」
チコは断言した。
「ねね? 変な噂流れてるよね?」
「どんな?」
「ほら、吸血鬼」
やっぱり、チコの耳にも届いていたようだった。
彼女が口々に話す噂は、ぼくが聞いた話とほとんど同じものだった。
シホの死体の様子。失われた血。首筋の二つの穴。黒マント。ウェディングドレス。コウモリ。狼の遠吠え。折られた十字架。血に染まった大地。夜。満月。
「――満月? あの日、満月だっけ?」
少し驚いたようにユウナが声を漏らした。誰もそんなこと覚えちゃいなかった。春の月は、ほとんど意識されることはない。月や空、夕焼けが意識されるのは秋だ。春は新緑、雪解け、花、風、匂い。
「それと、この前ユウナと歩いてる時、あの子、シホの妹のリホちゃんに会ったんだけど」
「へー」
「変なこと言ってたの」
なんだろう?
ぼくはチコとユウナを交互に見る。二人とも困惑した表情をしていた。困ったようにチコが説明する。
「葬式の後、出棺って、焼きに言ったらしいんだけどね、焼いている時に中から、扉を叩くような物音と、悲鳴みたいな声が聞こえたって言うの」
「はあ? 中って――棺桶の中?」
「ううん。違う。火葬場の、死体を焼く、釜の中」
言い難そうに否定したのはユウナだった。
なんなんだ、それは?
「それは……吸血鬼の噂のバリエーションか?」
ハクがつぶやいた。驚いている。ハクも聞いたことのない話だったのだろう。
夢想する。
焼ける棺――目覚める死者――蓋を叩く――助けて、助けて――まだ、生きてるのっ!
「なんなんだ。吸血鬼に血を吸われた死者が、蘇ったとでも言いたいのか?」
まるで伝説のように。
吸血鬼に血を吸われた者は、吸血鬼として蘇る。
ばかばかしい、冗談だ。
「なぜ里穂ちゃんが、それを言う?」
呆然とぼくはつぶやいた。
里穂ちゃんはシホの妹だ。ならばそれは他の伝聞とは違い、実際に見て、聞いた話なのだろう。
「わからないな……」
困惑したようにハクはつぶやく。
「その時すでに吸血鬼の噂が広まっていたとして、それを下地して、ちょっとした物音や、生きている姉を思う幻想が、そんな錯覚を生んだのか……」
ハクの言う、それが現実的な解釈ってものだった。
死んでも蘇るって言うのなら、誰も死なんて恐れないだろう。
「ハク……、他の参列者から、何か話を聞けないのか?」
「難しいだろう。あの家の者たちは母親のお達しでおれたちを嫌ってるからな。近づくのは厳しい」
あ……そうだった。忘れていた。シホの母親の剣幕を。あれほど嫌っていたら、嫌われていたら、いくら【クレスト】といえども近づくことは難しいだろう。警察は何かをつかんでいるのかもしれないが、たぶん、こんな変な情報なんて、重要視していない、ような気がする。
「あ、そういえば、里穂ちゃんもいってたよ。全然家から出してもらえないって」
ぽんっと手を叩き、チコが言った。
「へー? どこで会ったの?」
「駅前。学校帰りみたいだった」
ふーん。なるほど。
……なんか、推理も行き詰まった感じだ。
それもそうだ。
ぼくらは警察ではないし、探偵でもないし、できることは非常に限られている。
そもそもなんで推理なんかしているのか、今ひとつ理由も目的もはっきりしないし。
ぼくらの公園の、傍らで起きた事件だからだろうか?
ひょっとすれば犯行のきっかけになったのかもしれない、宴会を始めた責任感からだろうか?
それとも、シホの妹の、里穂の願いからだろうか?
「シホたちがクスリや売春をしてたって、本当なのか?」
ハクに訊いた。
「本当らしい。藤沢組から卸されたクスリを中高生に安価に販売していたことと、その客たちを使って売春グループを組織していたという話だ」
「藤沢組……」
それほど大きくはない組織だが、素土の街はそれこそ大小様々な組織がひしめき合うようにして渾然と共存している街なので、それほど変な話ではない。藤沢組は、比較的評判のよくない組織ではあったが。
「フジヤたちが情報を得て、『指導』しようと準備を進めていたところだったらしい」
「タイミング的にはどうなんだ? あまりにも良過ぎやしない?」
「いいや、『指導』の予定日はまだ一週間ほど先で、それほど切迫した状況ではなかったらしい。ま、フジヤが身内を庇ったんじゃなければな」
「まさか……フジヤを疑ってるのか?」
「いや、可能性の一部さ」
まるで警察か探偵のようなことを言うハク。
困った。【クレスト】が事件を解決してくれることを期待していたのだが、彼ら自身が犯人で、もしくは犯人を庇っているとしたら、意味がない。考えもしなかった可能性だった。確かに、フジヤならば、あの場所にいた一〇〇人以上の青少年たち全員に口止めすることも可能かもしれない。怪しい人物がまったく現れないという不自然こそが、その状況証拠となる。
「うわ、何か、ほんとにフジヤが犯人のような気がしてきた」
「まあ、それはないと思うがな。さすがに。もしくは、フジヤの知らないところで起きた身内の犯行かもしれない。しかし、それはそれでフジヤの支配力の衰退を示す事例となり、面白くはないな」
ハクがそういうのならば、そうなのだろう。
フジヤはハクの友達だ。
それを疑う行為は、道徳的に間違っている。
「それにフジヤたちには、吸血鬼の犯行に偽装する理由はない。フジヤの仲間に吸血鬼がいれば、別だが」
それはまた、冗談のような話。
吸血鬼なんて、それを口に出すだけで胡散臭くなる。
吸血鬼。吸血する鬼。ヴァンパイア。ドラキュラ。カーミラ。レスタト。ブラム・ストーカー。ヴラド=ツェペシュ。エリザベート・バートリ伯爵夫人。
御伽噺の世界。
幻想の世界。
トランシルバニアの霧と森の中の幻だ。
そんなもの、現実にいると考える方が間違っている。
――本当に?
本当に、いないと断言できる?
伝承とか、幻想とか、それに極めて酷似した歴史なら、この素土の街、そして光花市を含めた七つの家が支配するこの地域一帯にも多く残っている。ぼくはその事実をよく知ってるはずじゃないか?
他ならぬ、かつてこの地域を支配した七家のひとつ、杜代家の末裔なのだから。
かつて自らが異端であることを極めて、極めた末に反転して、完全なる正統に踊り出てこの地を支配した、特殊中の特殊。異端の中の異端。
異端の王家。
七家。
光花の深宮家。
素土の月ヶ瀬家。
大伎の橘家。
上弦の七夕津家。
塚代の杜代家。
風森の宇都羽家。
山舞の舞姫家。
くらくらと、眩暈がする。
そんなものが存在する以上、吸血鬼なんてものはそれほど特殊な異端ではない。
異端中の異端というものは、社会から完全に弾き出されているがゆえに――もしくは、社会の中心にあるために、表には、円心以外には、決して現れないものなのだから。
これほどまでに誰もが知っている異端は、ぼくら、異端の子供たち――ロドレンと同じ、非常にありふれた、それほどでもない、レベルの低い異端なのではないか?
「そもそも、吸血鬼って、何だ?」
一瞬、部屋が静まり返る。
発言者に視線が集まる。
「……シュンくん?」
ユウナは目を丸くしていた。
「うわっ、驚いた。何日ぶりのセリフ?」
チコは声を上げて立ち上がり、シュンに尋ねるが、もう彼は、口を開く様子を見せることなく、黙って穏やかに微笑んだ。
「――吸血鬼が、何かだって?」
ぼくは、シュンの疑問を、反芻する。
「吸血鬼って、吸血鬼じゃないの?」
「あははははっ。それじゃ、わかんないよ、ユウナぁ」
チコは腹を抱えて笑い出した。とても楽しそうだ。いや、皮肉じゃなくって。
「吸血鬼――ね。何だろう?」
改めて問われてみると、吸血鬼が正確にどんな存在なのかなんて、ぼくはまったく知らなかった。
「んー改めて言われてみると――血を吸う、鬼、とか?」
ぼんやりとユウナも応える。
鬼と言われても、日本で言われるような、角の生えた赤鬼青鬼ではなくて。
「黒いマントで深夜、空を飛ぶ――コウモリに化けるんだっけ?」
チコも加わってきた。
青白い肌に、真っ赤な唇からはみ出る牙。
「狼にも化けるって、聞いたことがある」
「何にでも化けるのか?」
「さあ……? 霧にも化けるんじゃなかったかな? あとは――」
「トランシルバニア出身?」
「ヴラドなんちゃらって、貴族がモデルだっけ? 串刺し公」
「心臓に杭を打ち込んだら死ぬんだっけ?」
「吸血鬼じゃなくても死ぬだろ」
「……ごもっとも」
「そもそも、なんで血を吸うんだろう? 美味しいのかな?」
「体液交換することにより、吸血鬼を感染させられるらしい」
「病気か?」
「いやん。体液交換なんて……」
「せ、性病か?」
「おいおい」
「けど、日の光に弱いとかってのはなんか、病気っぽい感じね。あとは、十字架に弱いとか」
「十字架に弱いのは、キリスト教の権威を高めるためだけに宣伝された流言って聞いたよ? 最近の研究ってやつ?」
「なんだそれは。あとは、水を渡れないんじゃなかったっけ?」
「そうなの? なら、どうやって日本に来たのよ?」
「和製吸血鬼なんてのもなかった? 神魔とか」
「それはマンガの話だ」
「時を止めちゃうとか? 『ザ・ワールド』って感じで」
「第三部だっけ?」
「婦警が様々な経験を経て立派な吸血鬼になっていくという成長物語?」
「なんか、全然違うマンガに聞こえるんですが?」
「未来の国から眼鏡の苛められっ子の所にやってきた……」
「それは『ドラ』違いだ」
「吸血鬼にちがいない」
「古っ、てか、めちゃくちゃマイナー。なんで、ユウナが知ってるの?」
「クリムゾン・ローズ・ソサエティ所属? ウェディングドレス着たりする?」
「あ、懐かしい。好きだったな、あの小説」
「インタビュー受けるんだっけ?」
「ハリウッド?」
「ハーレクインなロマンスがトワイライトで……」
「十七分割されたり?」
「えろ同人ゲーまで行くか?」
ぼくとユウナとチコの会話が激しく脱線しかかった時、ぼくらは申し合わせたように、視線をハクに向けた。
ハクは困ったような表情をしていたが、皆の期待の視線を受けて、ゆっくりと話し始めた。
「現代の吸血鬼のイメージが定着したのは、およそ百年程前のブラム・ストーカーの小説『ドラキュラ』からだ。ロンドンの霧。夜。吸血される処女。血液交換による吸血鬼の感染。棺桶。十字架。ヴァンパイアハンター・ヘルシング。太陽の光。水を渡れない。現在世間を席巻している吸血鬼の原型は、すべてこの『ドラキュラ』から来ていると言ってもいい」
「創作に過ぎないと?」
ぼくは尋ねる。
「そうじゃない。『ドラキュラ』によって定型が作られるまでは、吸血鬼のイメージはまったく違った、今よりも多様なものだった、ということだ。必ずしも吸血鬼は、ドラキュラではない。彼らの故郷はトランシルバニアとは限らない。東南アジアにも、日本にも、世界各地に吸血鬼の伝承は残っている。それらは今のおれたちがイメージする吸血鬼とは、驚くほど異なる存在だ」
「そうなの?」
それは、何を意味するのかと、考える。
本物の吸血鬼は、ぼくがイメージしているものとはまったく違うものと言うことか?
知られている吸血鬼とは、現実のものとは違うと言うことか?
ならば、吸血鬼は、その本当の姿を隠すことに成功している、異端。
ぼくが思っているよりも、ずっと高度な異端なんじゃないのか?
「にもかかわらず、今回の事件では、まさしく『ドラキュラ』のイメージ通りの装飾が行われた」
「ふむ、それは?」
それは?
本来的には無数の『吸血鬼』の一つに過ぎない『ドラキュラ』の装飾が行われたということは?
「確率的、感覚的に考えて、本物の吸血鬼の仕業とは考えにくい、ということだ」
「…………おぃ」
なあんだ、と息を吐く。
何を当たり前のことを。
誰も本気で吸血鬼がいるなんて、考えてはいない。たぶん。現実にいるとしても、精々が比喩程度だろう。
曰く、吸血鬼みたいなやつだな。
うわ、怖ぁ。
曰く、ちぃすぅたろか?
いや、それちょっと違わない?
「ま、『ドラキュラ』のイメージと一致する吸血鬼が存在しない証拠も、どこにもないんだけどな」
「――また、無茶を」
存在しない証明が簡単にできるなら、フェルマーの定理はもっと早くに解けたはずだ。
「無茶かどうかはわからないさ」
「どうして? 現実に吸血鬼がいる証拠は誰も見つけてないのに?」
平然と言い返すハクに、ユウナが疑問を投げかけた。
存在しない証拠もなければ、もちろん存在する証拠もない。それらは同列に並べられる問題なのだろうか?
「いるんだったら、とっくに見つかってなくちゃ、おかしいわよ。虫や微生物じゃないのよ? 小動物でもない。そんなのが、ここ何年も、何十年も、何百年も……ううん。人類が誕生して今まで、何万年も見つかってないのよ? おかしいでしょ?」
「確かにおかしいかもな。けど、本当に見つかっていなかったのか? 中世、暗黒と呼ばれた時代。人の世がまだ科学技術に完全に支配される前の時代。吸血鬼は、吸血鬼を含めた幻獣は、確かに目撃証言があったんじゃないのか? だから伝承や伝説に、それらの存在が残ってるんじゃないのか?」
「そ、そうかもしれないけど、でも、ここ百年近くは、そんな迷信の生き物なんて、一匹も見つかってないわよ!」
一匹も?
怪しげなテレビ番組やゴシップ誌なんかでは、たまに発見の話を聞くけども。
「そうだな。ユウナの言う通りだ」
あっさりとハクは自論を引っ込めた。けどぼくは、気づいてしまった。
「うわっ」
気づいて、自分の考えに驚きの声を上げてしまう。
「どしたの? キョウちゃん?」
不思議そうに向けられる視線。ぼくは口を開く。
「けど、うん、確かに、今まで見つかってこなかったことはおかしい。変だね。不自然さを感じる。そんなものが人間世界から隠れて生き延びられるほど、世界は優しくないと思う。けどね――」
ぼくは、いったん言葉を止める。
「けど、吸血鬼が人間以上の技術を持っているのならば、別だね」
そこまで言って、ぼくの言葉が皆に浸透するまで、待つ。
「つまり、人間なんかよりも、ずっと強いってこと?」
とユウナ。
「つまり、人間ごときなどとは比べ物にならないほどの、高度な技術を有しているということか?」
とハク。
「一概にはそうとも言い切れないと思うけどね。少なくとも、姿を隠す技術では、人間より優れた技術を持っているにちがいないと思う」
「それは?」
「わからないさ。ぼくは吸血鬼じゃないし。けど、その技術を使えば完璧に、人間社会から消えることができる」
「ふむ、犯人はここ一世紀か二世紀の永きに渡ってずっと人間社会からほぼ完璧に姿を隠した吸血鬼……か。とてもではないが――」
ぼくらに見つけられるとは思えない。
隠れる、その手段がわからなければ。
その二言を、ハクは口に出すことはしなかった。
けれども伝わってきた。
「警察にも、たぶん無理だね」
言うと、少し驚いた表情をして、ハクは、笑った。珍しく。
「迷宮入りかな? 里穂ちゃんには悪いけどな」
苦笑。
まだすべてが終わりではないから言える、本気じゃない弱音。
まだ可能性が残っているから言える、冗談交じりの敗北宣言。
「けどそれって、吸血鬼が本当にいたら、の話でしょ?」
首を傾げて、チコは言った。
その通り。
もしも吸血鬼がいるのならば、の話だ。
もしも犯人が本物の吸血鬼ならば、の話だ。
その可能性が低いことはすでにハクによって指摘されている。
吸血鬼がいないのなら、それでなくとも、犯人が吸血鬼ではないのなら、まだ事件が解決する可能性は十二分にあったし、里穂に真相を知らせることもできるかもしれない。
吸血鬼がいるなら?
ブラム・ストーカーの創作じゃないかと、ぼくは思っていた。けれども、ハクの言うところ、世界各地に吸血鬼伝説は、実際に存在するらしい。
かつては多く、様々な形で存在していた吸血鬼たち。
異端。
かつてはその存在が知られていて、今は見られないのはなぜだろう?
「吸血鬼がかつては存在していて、現在は存在していない、その理由は何か?」
独り言のようにつぶやくハク。
「まず一に、吸血鬼などというものは、科学が未発達の時代の迷信である可能性」
つまり、もとより存在せず、夜の闇の妄想から生まれた架空の存在であるということ。
「第二に、かつて吸血鬼は存在していたが、今は絶滅した可能性」
確実に存在が確認されるよりも前に、絶滅した。なるほど。吸血鬼なんてものが存在すれば、人間たちは問答無用で狩るだろう。動物保護なんて言葉が存在しなかった時代もあるのだ。むしろ、存在しなかった時代の方が、圧倒的に長い。人間の手によって絶滅させられた生き物の、なんて多いことか。吸血鬼もそれらの中の、ひとつなのかもしれない。
「第三に、吸血鬼の探知方法を人間たちも以前はもっていたが、今は失われている」
それは――なんだ?
少し、やな予感がする。
「……他にはないか?」
「あ、あるよっ!」
話をそらすつもりで、反射的に声を上げてしまった。いや、あるのは本当だけど。
「ええと、第四に、吸血鬼とは一定条件下で人間の中から生まれてくる亜種であり、その存在条件は恐ろしく厳しいため、ここ数百年ほどは出てこなかった、とか」
「なるほどな」
「あ、まだあるよっ!」
ユウナが叫びながら挙手。
「第五は、アメリカが隠してるの。MIB! X-FILE! 助けてっ、モルダーっ!」
ユウナは相変わらずユウナだった。
まあ、いいけども。
「とりあえず、五番目のは政府が関わってるので手を出すのは見合わせよう」
ぼくが言うと、
「ああ、そうだな」
ハクもうなずいて、
「えぇーっ! どーしてっ!」
ユウナが騒いだ。
「いや、政府を敵に回すには、さすがに色々準備しなくちゃいけないし、パスポート持ってないし。とりあえず後回しにしようかと」
「う、うぐぅ」
がっくりとうなだれるユウナを、チコが背中を抱いて慰める。
――なんだ、ぼくは悪役か?
「第一と第二については、吸血鬼がいないと言うのだから、考慮する必要はないだろう」
「第四は?」
「特に特殊な捜査をする必要性は感じられないな。普通に調べとけばいいだろう」
どこか投げやりな調子で言うハク。
「じゃあ、三番目は……って、なんか、凄く、ヤな予感がするんですが……ハク様」
「人間も、以前は持っていたが、失われた、探知方法だな」
うわっ。一言一言、やけに強調するように言うし。
「……なに? それ?」
きょとんとした表情で、チコが尋ねる。
ぼくは、喋らない、が、ハクの視線はまっすぐに、ぼくに突き刺さっていた。
「キョウがそれを、苦手にしていることは知っている。だがな、嫌っているわけじゃ、ないんだろう?」
まあ、そうだけど。
その手段を採るには、ぼくが『キョウ』と呼ばれる以前の知り合いに、シュン以外の知り合いに会わなくちゃならないから、杜代家にいるころのぼくを知る人物に会わなくちゃならないから、少し、いや、激烈に、気まずいだけ。
「はぁ……仕方ないか」
ため息をつくと、ハクはうなずいてチコに振り向き、言った。
「魔法だよ」
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