第9話
それから、しばらくは平穏な日々が続いた。だが、数ヶ月が過ぎた頃、保昌が「羅生門に鬼が棲みついている」と、不吉な風聞を耳にして、頼光や綱に相談を持ちかけた。
頼光は「物騒だ。また、鬼どもが何かしなければ良いが」と、気難しそうな表情をした。
綱は「王地の総門に鬼が住む謂れはない」と中空を睨みつけると、実情を知るために鎧兜と先祖伝来の太刀で武装して馬に飛び乗った。綱は従者も従えずに、一人で羅生門へと駆け出した。九条通まで出ると、羅生門が正面に見える。同じ頃、急に激しい風が吹き付け、馬の脚がびくとも動かなくなった。
綱が馬から降りて羅生門にたどり着くと、何者かに背後から兜を掴み取られた。振り返ると、茨木童子が鋭く目を光らせて立っていた。綱はすかさず太刀を抜き斬りつけた。綱の太刀と茨木童子の斧がぶつかり合い、音を立てた。綱はついに茨木童子に斬りかかり、右肩の辺りに傷を負わせた。
兜を取り返すときに、茨木童子の籠手が外れた。綱は「お前も父を失ったばかりじゃ。今度ばかりは許すが、性懲りもなくまた現れたら、命を召し上げるぞ」と脅かした。茨木童子はそれを聞くと、身を翻し何処ともなく立ち去った。綱は茨木童子から取り上げた籠手を石櫃の中に入れて、屋敷の奥の間に置いた。
同じ頃、従三位・皇后宮権大夫の源博雅が、清涼殿警護の詰め所「滝口の陣」で宿直していたところ、朱雀門の方角から玄象の琵琶の美しい音色が聞こえてきた。六位以下の警護の武者の中には、怖気づき物の怪を祓うために、矢をつがえずに弓の弦を引き鳴らすものまでいた。博雅は不可思議な音色に誘われて、そちらへ行ってみた。
なおも歩き続けていると、平安京の南の果ての羅生門に到達した。そこで博雅は羅生門の上で、一人の男が琵琶によく似た弦楽器を弾いているのを見つけた。雅楽家としても、名高い博雅が「帝は優れた楽器を集めている。譲ってはくれまいか」と願うと、男は弦楽器を手渡した。弦楽器は、他の琵琶とは音色も形状も異なるため、鬼からもらい受けた物だと噂された。
それから、しばらくして博雅が満月の輝く夜に、直衣姿で、朱雀門の前で、ひと晩中笛の音色を楽しんでいた。博雅が比類なく優美な笛の音色に気づき「誰が吹いているのか」と、近づくと見覚えのない男が笛を吹いていた。
博雅も男も、一言も言葉を交わすことなく、幾日も朱雀門の下で笛を吹き、技を競い合った。博雅の笛は絹を巻き、黒い漆を塗った高価な龍笛だが、それにも勝る音色を聞いて感心し、男の笛を借りて吹いてみた。それは、私の見たところ、羊の足の骨で作られたヴァイキングの笛だった。
男は酒吞童子の家来だった鬼の眷属だと告げると、ヴァイキングの笛を預けたまま博雅の龍笛を取り上げ、迅速に立ち去った。ヴァイキングの笛は、その後、天下第一の笛として知られ「葉二」と名付けられた。だが、此の笛を見事な音色で吹けるのは、博雅のような雅楽家の中でも限られたものだけだった。
酒吞童子の死後、残党の噂がささやかれなくなり、記憶が薄れかけていたころ源頼光の弟である頼信の家に鬼童丸が現れた。
頼信から知らせを聞いて、頼光が渡辺綱を伴って駆けつけたところ、鬼童丸は捕らえられ厠に閉じ込められていた。鬼童丸は一目見て、酒吞童子の血筋のものと分かるほどよく似ていた。
頼光は、無用心だから鎖でしっかり縛っておくようにと頼信に頼むと、家に泊まった。
翌朝、鬼童丸は鎖をたやすく引きちぎり、身を隠しながら頼光の寝床を覗いて敵を討つ機会を窺った。頼光はこれに気づいて、鬼童丸に聞こえるように「明日は鞍馬寺に参詣する」と宣した。鬼童丸は鞍馬寺に先回りし、頼光を待ち受けた。
頼光は待ち伏せを予想し、綱に「鬼童丸を見つけ次第、成敗いたせ」と命じていた。綱が鬼童丸の居場所を察知し、弓を引き絞り、矢を射抜いたところ、鬼童丸が現れて頼光に斬りかかってきた。頼光はこれを物ともせず、一刀のもとに鬼童丸を斬り捨てた。頼光は傍らにいた綱に向かって「因果は廻るな」と嘆息した。
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