第8話
藤原道長から報告を受けた一条天皇は、酒吞童子たちの末路を聞いて「あわれなものじゃ」と嘆息した。仏教僧・恵心僧都源信は『往生要集』の中で、牛の頭をした鬼、馬の頭をした鬼や、羅刹を地獄の獄卒として描いていた。地獄では、罪人たちを苦しめる存在が鬼だ。
宮中では毎年、大みそかに追儺を行うのが習わしで、儺人は桃と葦でつくられた弓と矢をもち、鬼に扮する者を追い払う儀式が執り行われていた。これらは、魔物が内裏に忍び込む災いを防ぐためになされていた。
花山法皇は――心根が優しく美しい姫君の顔でさえ、嫉妬や恨みが篭ると鬼面があらわれる。外なる鬼もさることながら、心の中に巣食う鬼こそ退治せねばならない――と考えて自他を戒めた。
池田中納言の娘は心労のためか、典薬寮の医師が処方した薬を飲んでも、病の床から起き上がれなかった。それを聞き知った芦屋道満は、名誉挽回とばかりに、闘病平癒のための祈祷をしたいと申し出た。
道満は池田中納言の屋敷で、姫君に「病が治るかどうかはあなた自身にかかっている。私が霊験あらたかな秘術を使い念じ奉るが、ご自身でお気を強く持つのが大事です」と告げて、立ち去り三日三晩の祈祷を行った。だが、まったく治る気配はなかった。
今度は、安倍晴明が池田中納言の屋敷に招かれた。「病は邪法によっては、幾日祈ろうと治るものではありません」晴明が述べると、中納言は姫君のいる寝所まで導いた。御簾越しに、姫君の方を向いて晴明は「病は必ず治ります。あなたは私の命じた方法を信じて、病が癒えた後を楽しく想像しながら、身体を横たえているだけで良いのです」と告げた。
其の後、用意していた祭壇を組み立てて「私の秘法が病に効かないわけがござりません」と強い自信を示した。祈祷が始まると、姫君は言われた通りに目を閉じて、病が快方に向かうところをありありと心の中で感じ取った。晴明は硯箱を取り出すと、厳かな雰囲気を醸し出し、筆を手にして護符をしたためた。
晴明は姫君を気遣い「鬼の館では、香りも楽しめなかったでしょう」と、薫衣香に使う伏籠と六種の香物を贈った。「巡りくる春には曲水の宴や、加茂祭など、楽しい催しがございます。あなたに会うのを心待ちにしている者も大勢いると聞いています。それから、都にいるとあなたの好物の作り立ての椿餅を食べる事ができます。また、大勢の女官と貝合わせを楽しめるでしょう」と励ました。
努力の甲斐あってか、姫君の容体は日増しに良くなった。
それから数日後、鬼退治の労を報いるため、源頼光の屋敷で酒宴が催された。試みに「神便鬼毒酒」で祝杯を交わした。
碓井貞光は「左馬権頭(源頼光)、摂津守(藤原保昌)、丹後守(渡辺綱)、天文博士(安倍晴明)のような殿上人とともに、祝宴に参会できました光栄を賜り、誠に恐悦至極にござります」と四人の顔を見た。此の日は宮中に出仕するときのような衣冠束帯ではなく、安倍晴明は直衣姿、他の六人は狩衣姿で参加していた。
酒肴には甘鯛の塩焼きや焼き松茸、楚割、蒸し鮑などの豪華なものが高坏にのせて並べられた。
酒宴は大いに盛り上がり、七人の英雄は酔いつぶれた。渡辺綱は催馬楽を歌った。これに合わせて貞光が笏拍子を打ち、全員で斉唱した。
酒をたうべて たべ酔うて
とうとこりそ 詣で来ぞ よろぼいそ
詣で来る 詣で来る 詣で来る
藤原保昌は笛を吹き、卜部季武と坂田金時は相撲を取って見せた。
―七人は浮世の夢を見ていた―
天之御中主神は天地を開闢。諾冊二尊が美斗能麻具波比を為し給へり。釈迦は久遠実成。眉間白毫、三千世界を照らす。天照大神は岩戸隠れから世を照らし。徐福は不老長寿の妙薬を見つけ。女帝・卑弥呼は桃を食べて種を蒔く。味麻之は天鼓を打ち鳴らす。日本武尊は熊襲を征伐。野見宿禰は相撲取り。玄奘三蔵は天竺に渡り。達磨大師は開眼する。
役行者はほら貝を吹き鳴らす。聖徳太子は日出国の御子なり。菅原道真は学問の神となり。源融は浮名を流し。深草少将は牛車で通い大願成就。僧正遍昭どこへ行く。小野小町も色香に惑う。狼は吠え、コウノトリや朱鷺が宙を舞う。
羽衣の天女は空の国へ帰り。久米仙人は空中散歩。白狐の葛の葉、生命宿し、産んだ子どもは尾花丸。我らこそが、持国天、増長天、広目天、多聞天。八部鬼衆は家来なり。嗚呼、めでたし、めでたし、鬼どもなどは四天王の敵ではない。
彼らの頭の中には、酔いが回ったせいなのか、脈絡のない想念や感情が次から次へと湧き出ていた。私には、彼らの誇らしく思う気持ちの奥に、敵と戦って命を奪う理不尽に対する胸の痛みがわだかまっているのが感じられた。
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