第6話
頼光と、彼らは大江山に出発する前に石清水八幡宮、日吉、住吉、熊野大社に詣でて戦勝祈願をした。
修験道の開祖、役行者は鬼神を自在に操る法力を持ち、鬼の夫婦である前鬼と後鬼を弟子として従えていた。そこで、修験道の行者のいでたちである山伏の姿に身を包んだ。
頼光と保昌、四天王はいずれも頭巾をつけ、結袈裟や鈴懸を身にまとい、足に脚絆を巻き、八つ目草鞋を履くと、檜扇を差し、笈を背負い、金剛杖を手に持ち、大江山へと向かった。それぞれの太刀は、鞘袋に入れて目立たないように携行した。
源頼光、藤原保昌、渡辺綱、卜部季武、坂田金時、碓井貞光の六名は、平安京の美しい朝、枝垂れ柳の並木道から、大江山の山間へと出発した。
夕方近くになった。藪の中から体長三尺内外のシロマダラが這い出てきた。蛇は鎌首をもたげて威嚇してきた。季武は弓矢を構えると、一瞬の隙もなく蛇の胴体を射抜いていた。周囲には妖気が漂っていた。
蝙蝠がどこからともなく現れて「キーッ、キーッ」と気味の悪い鳴き声を上げた。山道を登る道中で、川で洗濯をしている女に出会い卜部季武は「酒吞童子の住む館は、どこかご存知か?」と声をかけた。女は「私は館で下働きをしているものでございます」と答え、道案内をするため、一行を先導した。
鬼の住処の近くは、ブナ、ミズナラの原生林が広がり、サワグルミ、ムシカリ、ナナカマド、トチノキなどの樹木が生い茂っていた。
鬼の住む館へとたどり着いたとき、藤原保昌は「我らは御仏につかえる山伏でござる。道に迷ったため、一夜の宿を探しておる」と告げた。
酒吞童子は「俺たちをならずもののように、言いふらすものもいるが、気にする必要はない。出家の方々には手出しをしない。安心して泊って行くといい」と上機嫌な様子を見せると、テーブルの前に配置された椅子に腰かけるように促した。
それに応じて、頼光らが礼を述べて座ると「酒宴ほど楽しいものはない」と、酒を煽り出自について語り始めた。
酒吞童子は父親でヴァイキングの船長カール・ドッジが名付けたものでシュタイン・ドッジが正式な名前になる。父のカール・ドッジは越後の海岸に船が漂着したため、そこに住み、現地の女性との間に酒吞童子が生まれた。酒吞童子は外から来た者の、子どもの意味で、幼い頃は周囲から外道丸と呼ばれていた。
恒武天皇の皇子桃園親王が、流罪となって越後へ来たときだ。従者である砂子塚の城主石瀬俊網が、妻と共に信濃戸隠山に子供が出来るように参拝祈願したところ、偶然にも酒呑童子(外道丸)に出くわした。俊綱は、外道丸を我が子のようにかわいがった。
父のカール・ドッジには、鍛冶などの職を与えた。外道丸には、日本の風習を覚えさせるために国上寺へ稚児としてあずける便宜を図った。
「だがな、大人になって国上寺を離れた後は、各地でうまく行かず、転々と居を移しながら、大江山に隠れ住むにいたった」
坂田金時は「それは、ご苦労だな」皮肉ると、周りを見渡した。
館の中には熊、虎熊、星熊、金熊と名乗る、鬼の家来が控えていた。彼らはいずれも筋骨隆々としており、背丈も目測で六尺から六尺五寸はある。他にも、館の中には十名前後の屈強な家来が潜んでいた。
「山伏は御仏に仕える身だ。我らの隠れ家の場所は、くれぐれも他言なさらぬようにお願い致す」
頼光が「承知した……」と告げるのを待たずに、酒吞童子は「巷では俺を鬼だ、蛇だと騒いでいるが、勇猛果敢なヴァイキングの末裔とは知るまい」と、強気に出た。
彼らは牛の角で造られたジョッキに葡萄酒を入れて飲み、猪の干し肉や生肉をむさぼるように食べた。赤い酒が頼光らには、女の血を絞ったもののように見え、生肉は女の死肉のように思えた。
「もののあわれ」を大事にする貴族社会では考えられないほど、野蛮な行為のように見えたため、頼光らは戦慄しつつも表情には出さず、すすめられるままに肉と、赤い酒を飲んだ。彼らはあまりの気味悪さに嘔吐しそうになった。だが、鬼どもを欺くためには、仕方がない計略でもあった。
酒呑童子の隣は、鬼の副将の茨木童子だ。
渡辺綱には、見覚えのある風貌だったが、山伏姿に身をやつしているため、向こうは気が付かない様子だ。
茨木童子はシュタイン・ドッジの子息で、茨木に住んでいた日本女性との間に出来た子供なので、これに因んで名付けられていた。酒吞童子も、茨木童子も北欧の血脈につながるため、鼻が高く、堀が深く、色白なため京の都の娘たちが夢中になるほどの美形だった。
綱が「馳走いただいたお礼に酒を進呈したい」と「神便鬼毒酒」の徳利を茨木童子に手渡すと、疑いもせずに受け取り、酒吞童子の空のジョッキに注いだ。牛の角のジョッキに注いだ酒は、そのたびに一気に飲み干す。
さすがの酒吞童子も神便鬼毒酒の威力には勝てず、酔いが回ってきた。一方で、茨木童子は片腕の傷が癒えないためなのか、少量の酒を口にしては食卓に置いていた。
酒吞童子はいよいよ上機嫌になり「館の中を案内しよう」と、足をもたつかせながら席を立った。食卓には野菜や果物、魚などが置かれ、充実した食生活が見て取れた。 また、金銀宝玉や彫刻などの美術工芸品は、いずれも珍しいものばかりが並べ置かれていた。懐石料理に飽きた姫君たちが、魅了されるのも不思議ではなかった。
酒吞童子の館の中央の広間には炉が配置されており、これが光源にもなり、暖房にもなっていた。さらに、蒸し風呂の部屋も用意されていた。館は鉄の門扉以外は丸太で構成されていて、屋根は芝土で葺いてあった。椅子や寝台もあり、衣服は羊毛、布団は狼の毛皮を使っていた。
貴族の住む寝殿造りの屋敷は、建物の外回りにも内部にも壁がほとんどなく、中・外の区切りに蔀戸を吊り、中の間仕切りは屏風や布を縫い合わせた几帳を使って区切っていた。それが原因で、夏は清少納言が「枕草子」で「眠たしと思ひて臥したるに、蚊の細声にわびしげに名のりて顔のほど飛びありく。羽声さへ、その身のあるほどにこそ、いとにくけれ」と記したように、毎夜のごとく蚊に苦しめられ、冬は外気のせいで驚くほど寒かった。
貴族は優雅な振る舞いが、権威を証拠づけると考えていたため、機能性よりも華やかさに価値を置いていた。目的地に早くたどり着く馬よりも、装飾を施した牛車を移動手段に用いたのも同様の発想が根底にあった。
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