第5話

 頼光は綱の進言を受けて、卜部季武、坂田公時、碓井貞光の三人に「賀茂祭の路頭の儀の行列を見物に行ってはどうか」と尋ねた。日頃のよしみのない仲間の結束を強めるためだ。頼光の提案に三人は喜んだものの「馬に乗って行くのは悪目立ちするし、顔を隠して歩いて行くのも面倒だ」と季武が嘆いた。

 頼光が「何かうまい手立てはないものか?」と尋ねると、金時は「牛車を借りて、それに乗って行こう」と、他の二人に提案した。

 それを聞いて、貞光は「乗りなれぬ牛車になど乗って行っても作法がわからない。公卿に見つかり、引きずり降ろされて恥をかかないか」と、首を傾げた。

 季武は「それなら、下簾を垂れて女車のように見せればよい」と、金時、貞光の二人も賛成したので、僧侶から白斑の越後牛が引く牛車を借りる展開になった。

 出発の朝、下簾を垂れると、三人とも怪しげな紺の水干袴などを着て、牛車に乗り込んだ。靴などは牛車の中に入れ、袖も出さないようにして乗り込んだので、外からは女車に見えていた。

 牛車は紫野の方向に向かって行った。三人とも今まで牛車に乗った経験がなかったので、中で振り回され、頭を打つかと思えば、互いの顔をぶつけ合ったり、仰向けになったり、うつぶせに転んだりして、七転八倒の痛い思いをした。

 さらに、三人とも乗り物酔いのため、反吐を巻き散らした挙句、烏帽子を落とすなどの散々な目にあった。

 牛の方は、そんな動静には構わず、力任せに勢いよく行くため、金時が無骨な声で「そんなに急ぐな、慌てるな」と喚くと、後ろの車や、歩いてくる雑色が声を聞いて、「其処の女車には、どんな女が乗っているのだ、東国の雁のような奇妙な声を出している。東国のお転婆娘が乗っているのか」と、囁くのが牛車の中まで聞こえてきた。中には「男の怒鳴り声ように聞こえるのは何故だ」と、問う者もいた。

 ようやく、紫野に着くと貞光は牛を車から外した。だが、あまりにも急いできたので、行列が通るのを待つ間にも、三人はすっかり疲れ切ってしまい、天地が逆さまに見えるほど混乱していた。疲労が祟り、三人と車の中で眠った。

 通りでは、如何にも勇壮な出で立ちの乗尻を先頭に検非違使、山城使、内蔵寮史生、馬寮使、舞人、近衛使(勅使)代、陪従、内蔵使による騎馬の本列と、艶やかな装いの斎王代(内親王)を始めとする蔵人所陪従、命婦、女嬬、童女、騎女、内侍、女別当、采女の女人列が牛車とともに斎院の御所がある紫野から、一条大路を通って、御禊の場となる加茂川への道程を進んでいた。

 見目麗しい貴族の中から選ばれた者たちの行列で華麗を極めた。一条大路の両側は、物見車で繰り出す者や、桟敷から見物する者などで埋め尽くされ、騒々しい賑わいを見せた。同じ時、道長や妻である倫子を始め、多くの公卿たちも桟敷を設けて見物していた。

 だが、そうこうするうちに、行列が通り過ぎた。三人は泥のように眠っていたので、まったく気が付かなかった。三人は、行事が終わって人々が帰り支度をする時刻になってから、やっと目が覚めたものの、気分は悪くなるし、見物は出来ずじまいのため、腹だたしい限りだった。

「帰り道も牛車を勢いよく走らせたら、生きた心地がしない。千人の敵軍の中に馬で乗り入れるのは怖くはないが、こんなひどい目にあうのはもうこりごりだ。牛車に乗っていれば、同じ目にあう、しばらくここにいて、人通りが少なくなるのを見計らって、歩いて帰ろう」と金時が申し出ると、他の二人も賛成した。

 三人は、人通りの少なくなった頃に牛車から降りて、靴をはいて、扇で顔を隠しながら、頼光の待つ、一条の家に歩いて帰った。

 季武は「勇敢な武士でも、牛車ほど手に負えないものはない。今後は、牛車には近づきたくもない」と語り、「勇気と思慮がある者でも、一度も乗った経験のない牛車に乗って、乗り物酔いに苦しんだのは、愚かな経験だった」と自戒した。

 頼光は「牛車は風雅を楽しむために、ゆったりと歩ませるものじゃ」と、あきれ顔をした。予想外の珍道中が、三人の絆を強めていた。

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