第4話

 源頼光は一計を案じた。酒吞童子たちは無類の酒好きとして知れ渡っていた。そこで、甘くて飲み口は柔らかいがすぐに酔いが回る「神便鬼毒酒」を徳利に入れて携行した。

 道長は、人選を頼光に任せるとしながらも「姫たちは酒吞童子や茨木童子の美貌に魅入られているようじゃ。女好きのする美形の強者で奴らを退治いたせ」と、無理難題をつきつけた。

 頼光はまず、側近で丹後守の渡辺綱に、大江山の鬼退治への同行を求めた。

 渡辺綱は貴族社会で読まれている「源氏物語」の主人公・光源氏のモデルとされる源融の子孫にあたる。紫式部の「源氏物語」の写本は綱の手元にも届いたため、物語の展開に良家の姫君が胸を焦がしている状況は知っていた。

 彼は先祖を思う時、よく星空を見上げた。 

 なかでも、冬の夜空に浮かぶ鼓星が好きだった。鼓星の七つの星で内側の三つの星は、三武とも呼ばれており武運長久を意味している。綱は剣術の達人として名高く、一条戻り橋では恐ろしい鬼の茨木童子との死闘で、片腕を斬った人物として知られていた。

 主君・頼光に命じられ、深夜に名刀「髭切」を携えた綱は、一条大宮へと馬に跨って出向いた。其の帰路の出来事だ。

 一条堀川にかけられた戻り橋の東詰めで、若い女に出くわす。女は綱を見ると「都まで送ってください」と懇願した。綱が女を馬の背に乗せて、しばらくすると、頭の上の長髪の鬘を外し「俺が行きたいのは、愛宕山の方角だ」と凄まじい形相で怒鳴りつけ、綱の髻をつかむと、馬から引きずり下ろした。

 綱は相手の正体が、鬼の眷属の茨木童子と知り、とっさに「髭切」を抜き腕に斬りつけた。茨木童子は傷を負った片腕をかばい、籠手を脱ぎ捨てた。そして、慌てて逃げ去った。

 綱は頼光のもとへ戻ると、事の次第を報告した。

 さらに、晴明の元を訪ねて、茨木童子が落としていった籠手を見せた。晴明は「私が占った結果、凶事の予兆と出ています。あなたは七日間、外出を控えてください。 その間は、仁王経を読誦するのです。これは、珍品のようなので、茨木童子はこれを取り戻しに来るでしょうが、深追いはいけません」と諭した。

 それから六日目に、綱の伯母を名乗る女性が面会に来たと聞いて、潔斎を解いて対面する。伯母を名乗る人物は、部屋に入ると、また鬼の姿を露にし「これは俺の籠手だ。返してもらうぞ」と、奪い去り、素早く立ち去った。

 難を逃れた綱は、天満宮の大神様のお陰だと考えて、感謝の意を示すため北野天満宮に燈籠を寄進した。彼はそうしたこれまでの武勇と行いを認められた。

 次に、情に厚い卜部季武に同行を命じた。

 卜部季武は弓道の使い手として知られ、流鏑馬ではすべての的を射抜く腕前だ。さらに、季武は平家重代の名刀「痣丸」を所持していた。

 季武は都に夜な夜な現れると言われていた産女とばったり遭遇した。確実な避妊の方法がない時代であるにも関わらず、父なし子をあやす産女は妖怪のように扱われていた。産女は「貧しい生活のためやり繰りできない」と、赤ん坊を立派な身なりの季武に抱いてほしいと懇願した。

 季武は、産女の様子を見かねて不憫に思い、赤ん坊を預かると帰宅した。其の後、自分の力で育てようと努めたが、しばらくして、産女が子供を取り返しに来ると、女を褒めてやり、子育てに必要なだけの銅貨を与えた。

 季武は頼光の乞いに対して「酒吞童子らは勇猛なものどもだとお聞きしております。征伐するのではなく、何とか味方にはできませぬか?」と問いただした。

 頼光は「あるときは魔物の仲間とされ、あるときは十二支の縁起物とされる蛇は、恐るべき存在だが霊験あらたかな印象を併せ持つ。鬼どもも魔物である反面で、仏教の守護神としてあがめられている。だが、いずれも非道なものどもだ。味方にするのは容易ではない」と言い捨てた。

 さらに、足柄山の金太郎の異名で呼ばれていた、坂田金時を同行者に選んだ。

 坂田金時は藤原道長の随身として仕えていた優秀な武士である。荘園の警護に力を尽くし、道長から信頼されていた。彼の力自慢は誰もが認めるところだ。彼は幼少のころ足柄山に住んでいたため「よく熊と相撲をとったが、一度も負けた手合わせはなかった」と、仲間を相手に嘯いていた。

 頼光は、今回の鬼退治には、力自慢の金時の存在は欠かせないと考えていた。

 最後に、東国の強者、碓井貞光を選んだ。

 碓井貞光は武術・古布志宇知の天才で、喧嘩っ早く負け知らず。貞光が東国に帰郷すると碓氷峠に巨大な毒蛇が住み着き、村人を苦しめていた。貞光は十一面観世音菩薩の加護を受けて、碓氷峠に分け入り、大鎌を振るって大蛇を退治している。其の後、碓氷山定光院金剛寺を建立し、観音菩薩と大蛇の頭骨を祀った、武功と信心が伝えられていた。

 貞光は「大江山の鬼どもが、姫君たちを拉致した証拠はおありでしょうか?」と問うた。

 頼光は「鬼退治は、帝からの申し付けじゃ。酒吞童子らの仕業であるのは、安倍晴明の占いでわかった事だ。間違いあるまい」と断じた。

「占いでございますか?」

「そうじゃ。晴明は天文博士として、陰陽師の中には右に出る者がないほど優秀じゃ。今では、弘法大師空海や役行者に匹敵するほどの法力の持ち主とも知られておる。見誤るわけがあるまい」

 帝の命に背くわけにもいかず、彼らは鬼どもに挑む決意を固めた。頼光は剣の腕が立ち美形のこれらの四名の武士を「大江山の鬼退治」の仲間に選んだ。後に、彼らは源頼光の四天王と呼ばれた。

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