第3話


 鬼の居城がある大江山への偵察に、藤原保昌が遣わされた。保昌は盗賊の首領として恐れられていた袴垂に、夜道で出くわし襲われたとき、ひらりと攻撃をかわし優雅に笛を吹いて聞かせたところ、袴垂は泰然自若とした態度に恐れをなし慌てて逃げ帰った。

 保昌は木曽馬にまたがり、大江山に向かった。半日はかかる行程のため、帰りは野宿を強いられる。目的地にたどり着いたときは、周りが暗くなっていた。鬼の館は貴族が住む寝殿造りとも、庶民が暮らす竪穴式住居とも異なる見事な装飾が施されていた。鉄の扉はいかにも堅固なもので、堂々とした外観の洋館を眼前に見て、保昌は息をのんだ。

 保昌が首尾よく忍び込み寝所にたどり着くと、荏胡麻油の灯明による薄明かりの中で男女のむつみ合う姿が見えた。二人の男女は全裸で寝台の上にいて、艶めかしいあえぎ声を響かせていた。彼は――こんなところに夜這いに来たわけではない。

 ましてや、鬼の女に手を出すわけには行くまい――と考えながら、目を凝らすと女の艶めかしい臀部が手の届く位置にあった。ようやく、女の顔が見えたとき、それが他ならぬ人物である事実に気づいた。保昌が「はっ」としたのは、女が初恋に胸を熱くした鶴菊姫と分かったからだ。

 宮中で出くわした時の鶴菊姫は、十二単に身を包み、顔の前にいつも右手で袙扇をかざし、伏し目で静々と歩いていたため、正面からでは顔立ちや表情は窺えなかった。だが、すれ違いざま垣間見て脳裏に焼き付けた美しい顔立ちや、長い黒髪は忘れようがなかった。さらに、薫衣香の馥郁たる匂いが鼻腔をくすぐった情景まで、記憶の内側から蘇った。

 保昌は、茨木童子に組み伏せられている彼女の心中を推し量り――どれほどの羞恥心を感じているか――と思い胸が張り裂けそうだった。彼の心の中では、今も鶴菊姫は純情可憐な美しい女性として存在していた。

 目の前の様子は、保昌にとっては二匹の邪悪な獣のようにも見えてはいたが、反面で哀切な気持ちと、淫欲と、正義感が混ざった不思議な感情を伴うものとなった。

 表に出ると、秋の夜長を彩る松虫の音が聞こえていた。大江山の上空には、大きな満月がかかっていた。空にはアンドロメダ星雲などの星々が輝いていたが、地上は墨を流し込んだように黒く、鉛のように重くのしかかる闇の中で、馬は足を進めようとしなかった。保昌は予想した通り、野宿せざるを得なかった。

 藤原道長は、保昌の報告を聞き、帝に伺いを立てると「鬼どもを征伐せよ」と、家臣の源頼光に命じた。源頼光は土蜘蛛を退治した一件でも名を知られていた。頼光が病のため、療養しているときに、土蜘蛛の一族の禿頭の大男が財物を奪うために屋敷に忍び込んだ。これを迎え撃つと、名刀膝丸で斬り捨てた。

 これまで、酒吞童子たち鬼の眷属との戦いでは劣勢を強いられ、あろうことか囲われた女も彼らをかばい立てする有様で、事態の改善にはつながらなかった。

 大江山へ向かう道は、古代山陰道を通過する他に、いわゆる細長い獣道を通るため、大軍で押し寄せると、進むも退くもままならなくなる箇所がいくつもあった。しかも、彼らは斧や金棒を武器に使い奇襲戦法で攻めてくるため、鎧兜はたやすく打ち砕かれていた。

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