第2話

 晴明は早速、占いに取り掛かった。彼は「相手も居場所も分からない敵を探し出すのは、太占や亀卜では難儀ゆえ」と、十二神将などの式神を操り、すぐさま神隠しの原因と姫君たちの居場所を割り出した。

 晴明は「鬼の眷属どもの仕業だと思われます。即ち、酒吞童子の一味によるものでしょう。数百年も昔の出来事ですが、我が大和の国では孝霊天皇の皇子で四道将軍の一人の吉備津彦命が犬飼健、楽々森彦、留玉臣の家来三人とともに鬼ヶ島に渡り、当地の王である温羅を討ちはたしております」

 帝は「いわゆる桃太郎噺の件じゃな」と晴明の返事を待った。

「さようでございます。ですが今回の敵は、鬼の王・温羅をも凌ぐ、狡賢くて手強い、酒吞童子でございます。用心して臨まねばなりません」

「早速、僧侶に祈祷させ、神官に修祓を命じよう」

「御意のままに……。さらに、天狗のような魔物なら徳の高い僧侶に調伏させるところでございますが、鬼どもの力業に対しては、武士に討伐させるのが最善でございましょう」

 正二位左大臣の藤原道長は、同じ頃「この世をばわが世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば」と和歌を詠むほど権勢を誇っていた。道真は、都の安泰のため――「千丈の堤も蟻の一穴から」と、心得て僅かな不都合も見過ごすわけにはいかない――と考えていた。

 道満は上賀茂にある屋敷に帰ると、晴明に憎しみを抱き、蛞蝓、蛇、蛙を使って欲界六天の魔王を勧請し、三毒虫の調伏といわれる呪詛をかけた。

 だが、一向に効き目はなく、天文博士の行動全般に何の衰えも見られなかった。晴明は道満の目論見を見抜き、本願成就の祈りに合わせて、呪詛本還のための祈祷を執り行っていた。晴明は身を清めるとお神酒と米を供え、灯明を点じて、お祓いをして天御中主神、神世七代を勧請し謹んで祈祷を行った。

 それから、安倍晴明らの進言を受け入れるか否かを審議するため、陣定が行われた。朝議には公卿と四位の参議以上の議政官が出席した。殿上人でも正四位下の左馬権頭・源頼光、摂津守・藤原保昌らも意見を具申した。

「酒吞童子の館の近くには、鉱夫として働く雑人が所帯を構えています。急を聞いて駆けつける者が二十人は下らないでしょう」と蔵人別当が口を開いた。

「さらに、鬼どもは相当に手ごわい。これまでも、何人もの武人が斧や金棒で打ち負かされています。鬼の館を偵察した後で、策を立てる運びが、肝要かと思われます」と保昌が付け足した。

「では、どのように攻め込むつもりじゃ」と道長は問うた。

「首尾よく偵察したあとは、知恵者の丹後守を交えて、詮議する所存でございます」

保昌が言い終わるのを待たずに、頼光は「古事記、日本書紀の記述によると、素戔嗚尊は八塩折之酒を八岐大蛇に飲ませて酔いつぶれたところを退治しています。我らも故知に倣い奇略を用いたいと考えております」と自信ありげに答えた。

 それに対して、道長は「勝算はあるな」と問い詰めた。

「兵は詭道なりと申します。正攻法では敵わない相手でも、打ちはたしてご覧に入れましょう」

 鬼の眷属と言われる酒吞童子の先祖は、日本海に漂着した北欧のヴァイキングだ。武器は西洋の騎士が持つ剣のようなものではなく、斧や金棒を手にしていた。直線距離にして二千里もある航路をどのようにしてたどり着いたのかは謎のままだ。優れた造船技術を持つ彼らでも、帰りの航路が不明のまま船を漕ぎだすのは困難だ。

 しかも、大和の国では造船に必要な資材が十分には集まらなかった。彼らは、北欧から持ち込んだ鉱山の火力採掘技術を使い大江山を根城として、黄銅を掘り出し多くの富を蓄積していた。彼らが掘り出した黄銅は、皮肉にも仏具などの製造に役立てられた。

 仏教では鬼神として羅刹の姿が、頭部に角が生えた恐ろしいものに描かれている。羅刹は仏教の守護神になる前は、人を食う悪鬼とされていた。

 これらの伝説で描かれる姿かたちが羽根兜をかぶり、毛皮を身にまとい、金棒を手に持つヴァイキングの姿によく似ていた。彼らが血のように赤い葡萄酒を飲み、獣の肉を食らう姿は、風雅に高い価値を見出していた都の人々には、おぞましく感じられていた。

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