終章
初段としての自覚はまだ薄ぺらなものだが、それも日々の稽古を通じて時間が解決してくれる。初段だからと言って、修練の内容は今迄と何も変わらないし、射法八節の基本をさらに磨いて行くことが与えられた義務となる。そんな気持ちを新たにし稽古に励む。
修練中、つと思う。
「この俺も、やっと弓道人になれたんだ」
嬉しさをそこそこに、気持ちを引き締め呟く。
「次のチャレンジとのたまうのも憶がましいが、これで終わりではないし新たな挑戦が始まる。気を引き締めて、週三回の稽古に臨まなければ」と覚悟する高橋がいた。
数日が経ち、稽古の帰り道で漏らす。
「次は二段か。初段以上に難しいが、どうせ始めた弓道だ。気力の続く限り頑張るしかないか…」
「それに、二段の長谷川さんや市川さんに早く追い着きたいもんよ」
そんな気持ちが、胸の奥で湧いてきた。
今日もまた鍛錬に励む。
朝一番に同期の三人が道場内に入り、安土への水撒きそして的付けをする。その頃になると、白下先生や村越さんが来て場内清掃後、立札等を設置してくれる。週三日だが、それが稽古前の準備作業となる。その後午前の部の参加者が集まり、皆で挨拶をして稽古が始まるのだ。
一手目と称し、五人立ちによる坐射での、場内入場から並んでの本座そして射位までの歩行は、朝一番で行う正式な体配であり、これこそ厳粛に受け止めるものとなる。それに続く大前から落ちまでの行射では、各射手の緊張が最高点にまで高まるのだ。
射位に立つ五人が、所定の動作を行ない、順を追って矢を放つのだが。まず初めに大前の俺が物見をして打起しを行ない、引き分けから頂点となる会へ、そして離れへと進み矢を放つ。そして両手を大きく開き残心の形を決め、一呼吸置き両手を腰に戻し顔を正面に直す。そしてバック歩行で本座まで戻り、落ちの射を見届けた後再び射位に戻り乙矢の射に入る。緊張感をもち行う審査時と同じ動作である。
そんな日々の何気ない各射手の動作こそ、弓道の神髄ではないかと思う。その稽古の中で何かを追い求める弓道人がいた。高橋も長谷川や市川らも追い求める。勿論、白下先生や村越さんでも、弓道の奥義を追い求めている。
他の仲間とて同様だ。
「まあ、俺の場合は初段で奥義とはほど遠いが、それでも少しは近づきたいと思う気持ちは変わりない」
その表現が、行射の中に現れる。
的に中った時の快音と、外れて安土に吸い込まれる音との差は格段に違う。高橋の耳にはそのように響いてくる。
「俺と言う弓道人は、的に中る快音が聞きたくて日々修練に励むのだ」
審査を拒む長谷川を除き、二人は同じ思いで次の段位を目指す。互いに「頑張ろう」と励まし合い、射位から的に向ける視線は真剣そのものである。
側では、相変わらずマイペースで的に向かう長谷川の姿があり、また白下先生を中心に取り組む有段者に混じり、悪戦苦闘する高橋がいる。その行射は、何時も一喜一憂するのだ。
「ああ、また外した。まったく、嫌になっちゃうな。たまには、的に中ってくれねえかな…」そこには、そんな希望的観測の願望とため息を漏らす姿があった。
射よ、弓道人 高山長治 @masa5555
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