そして、審査当日を迎える。

「さあ、いよいよだ。もうここまで来たら、逃げるわけにはいかん。一射入魂の精神で取り組もう。それしかないぜ」退路を断たれる気分となっていた。

今日の審査方法は、一週間前に午前が実技で午後が設問に対する記述と発表されており、立順についてもすでに発表され、道場内に張り出されていたし確認済みである。

「なんだよ、俺は五人立ちの大前じゃねえか。場内入りからの手順の練習を重ねてきたんだ。上がらなきゃ、上手く出来そうだ。例え二番手だろうが、落ちだろうがよ。他の挑戦者だって状況は同じだ。皆、平常心で臨もうとしている」

あれこれ反芻し運転していると、審査会場に着いた。

「おお、着いたぞ。少し早めに家を出たんで、遅れずにすんだ。万が一遅刻したら、審査が受けられなくなるからな。これでひと安心だ」

そうこうしているうち受審者らが集まり出す。皆、緊張気味で受付時間を待っていた。

「俺も、列に並ばないと」そう伺いつつ周囲を見回す。

「しかし、この独特の雰囲気はなんだ…」

何時の間にかその雰囲気に吞まれたのか、鼓動が早くなり出す。「落ち着け、落ち着くんだ!」心内で叫んでいると、頭の中に別の俺が現れ戒める。

「おい、こら!よく見ろ周りは皆、お前と同じチャレンジャーだ。如何と言うことないぞ…」と虚勢を張り、「例え上手く行かなくても、命が取られるわけでもあるまい。失敗したら次の審査を受ければいいじゃないか」

落ち着かせようとする自分がいた。

受付が始まり、滞りなく審査申込書を提出して開始を待つ。

「しかし、落ち着かねえ。何かいいおまじないでもないもんか。こりゃ、昨日長谷川さんに聞いておくべきだった。仕方ねえ、手のひらに審査と書いて飲んでおこう」と言いつつ、周りの者に見られぬよう飲み込んだ。

「うむうむ、何だか効いてきたようだ」そう感じつつ、実技の順番待ちをしていると、次々と審査対象者が場内に入り実技へと臨んでいた。審査場内は静まり返っていたし、時折吹く風も邪魔にはならない。

そして、高橋の実技審査が始まる。緊張が最高点に達する中で、心に静寂が訪れていた。審査員が合図をする。弓と矢を握る手を腰に置き、高橋を先頭にして五人が場内へと進み、大前である俺の審査が開始される。最初に的に向かい左足で一歩踏み出し右足を添えて、国旗と審査員席に向かって深く礼をし、身体を起こして右方向に左足から三歩進んで右に曲がり、本座札奥の位置までゆっくりと歩み、そこから左に折れ本座札のところで止まる。そこで五人揃って揖をし、同時に射位札まで進んだ。



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