稽古を続けている最中に、ふと思う。

「審査申込書を提出してからの一カ月間。良くも悪くも徹底して稽古に打ち込んだ。巻藁練習から射場での修練に移ったのが半年前だったと思うが、今では本格的な射位からの行射になっている。従って巻藁射は的前行射のための肩慣らしだ」

「稽古に来た時、朝の挨拶が終われば必ず巻藁行射を二、三回行ってから、射位に立った行射に入る習慣になっている。それは、今も続いている」

「あの頃の射場での不安など、今では懐かしい気もするから不思議だ」

「それにしても、この歳で大したもんだ。よく途中で弓道を放棄しなかったと思うよ」

そんなことをつらつら考えながら、長谷川や市川を覗い感謝する。

「ここまで続けて来られたのも、同期の仲間がいたからだ」

そしてさらに、「白下先生や村越さんの指導のおかげでもある。弓道のイロハから射場行射まで、真剣に指導して下さったから今の自分がある。大いに感謝せにゃあかんな」と、己に言い聞かせた。

そして高橋が「うむうむ」と納得したのか頷くと、隣で聞いていた市川も先生の励ましに目を潤ませていた。

そして審査前の稽古とばかりに、高橋は場立ちに入る準備として、巻藁に向かい三射ほど放つが小首を傾げる。「如何もしっくりこねえ。何時もと同じように射れているのかな」うそぶくと、長谷川が注意する。

「高橋さん、腕の開きが小さくなっているよ。もっと伸び伸びと力を抜いて射らなければ、矢が失速して的まで届かないですよ」と諭される。

すると高橋が「いや、前日ともなると緊張しているのかな。試験なんてこの方臨んでないし、大学時代から五十有余年経っているから、ほぼ忘れていますよ。ああ、身体が動かねえな」

さらにぼやく。

「それが久々の試験だ。それも一日かけての実技と記述問題だぜ。午前の実技と午後の記述試験とくりゃ。どないしたらいいんだ」

「まあ実技は、今まで身体に慣れさせてきたから、それなりに的迄届くと思うが。問題は記述試験の方だ。それもA群、B群と二つの群から問題が出される。教本と言う虎の巻の持ち込みも出来ねえときたら、こりゃ最悪だぜ」虚勢が消え意気消沈していた。

すると、市川も同調する。

「私も四十年ほど前に二段に昇段したものの、今じゃブランクが大きすぎて高橋さんと同じ心境です。審査のことを考えたら、心臓がバクバクして飛び出しそうになるんです」と、柄でもなく何時もの落ち着きを無くしていた。



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