第八章的に向け放て一


いよいよ、翌日の審査を控える稽古日がやってきた。朝食を済ませ、袴と道着を着けて道場へと向かう。その道すがら、審査のことで頭が一杯になる。

そうかも知れないと思う。

「なんせ、初めての審査だ。緊張するのは当たり前だ」何時もの道を慣れた手つきで運転し、弓道場へと来た。

「ちょっと着くのが早かったな」と漏らしつつ駐車場に車を止め、時計を見ると午前八時三十分を指していた。

「先生もまだだし、村越さんも来ていない。武道館のオープンが九時だから、少し早いな。それじゃ、NHKの放送でも聞いて時間を潰すか」

「それにしても、明日か…」と呟き、続ける。

「いよいよだ。あっという間に審査だな」

そこで昔の期末試験のことを思い出す。「学生時代の試験勉強では、苦労しっぱなしだった。でも試験が終われば、その開放感から夜遅くまで仲間と酒を飲んで騒いでいた。そう言えば、社会人になっても飲み方は変わらない。終電まで仲間と酒を酌み交わしたもんだ」不安が生じるのか、「ああ、早く審査が終わらねえかな…」願望とも思える本音がついと出た。

そんな思いを巡らせていると、白下先生の車が来て定位置に止める。次いで村越さんも、さらに長谷川や市川の車もやって来た。そうこうしているうちに、午前九時十分前になる。

すると事務室から係員が出てきて、内側から鍵を開ける。玄関前で待つ皆が入り、地下一階の弓道場へと降りて行った。

定刻の開始時間となり、白下先生の「おはようございます」の挨拶と同時に、全員が挨拶し国旗に向かって二度頭を下げた。すると先生が開口一番、俺ら受審者を励ます。

「いいですか、決して的に中てようと思わないことです。中てようと思うほど、各動作はぎこちなく小さくなります。それを防ぐには今迄練習してきたことを、普段通りやればいいんです。そうすることで心を落ち着かせ、弓と矢に伝道することこそ必要なことだと思います。とは言うものの、平常心でと言われても難しいが、審査を受ける者は皆同じ境遇で臨むわけだから、自分だけが厳しいとは思わず審査を受けて貰いたい」さらに続けて、「審査は誰でも緊張するものです。かく言う私だって、当時は随分緊張したことを思い出します。でもそのハードルを乗り越えてこそ、合格と言う栄冠を手にすることが出来るのです」

百戦錬磨の先生の言葉に、高橋は何故か心が落ち着いてきた。

「そうだよな、審査を受けるのは俺一人じゃない。他の受審者も状況は同じだし、そう考えればいいんだ。さて、明日に備えて稽古でも始めるか」と呟きながら、修練前の用足しにトイレへと向かった。


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