第六章更なる修練一



暫らくの間、高橋は小山弓具からの弓道一式の到着を待ちながらジャージ姿で、村越のマンツーマンによる稽古を重ねていた。

「弓道に慣れるためには、ここにある巻藁を相手に行射を繰り返し行い、身体に染み込ませることが大切です。本格的な射場での行射は、こちらでの徹底した稽古で、コツを掴むことから始まりますので頑張ってください」

村越による丁寧な指導に感謝するとともに、慣れぬ動作を繰り返し巻藁相手に取り組む高橋の姿があった。その中で高橋の各動作に村越の注文が飛ぶ。

「いや、高橋さん。それでは駄目です。もう一度やり直してください。中途半端な動きではいけません。一つ一つ丁寧に、確実に行うことこそ根本ですから。いいですね。それでは、もう一度行ってださい」

熱を帯びる指導に、高橋はつくづく思う。

「やっぱり、見る人が見ると判ってしまうんだな。きちっと教本通りに出来ていないことがよ。これじゃ、手抜きなんか出来ねえな。やっぱり有段者も五段となるとすごいぜ。俺なんぞ足元にも及ばないよ」内心で吐露しつつ、巻藁を前にして懸命に取り組んでいた。

さらに、「気など抜けねえな。ましてや今度初段の審査を受けるとなれば、今の鍛錬を何十倍もやらんと受ける資格がないし、審査会場にも行けねえからな。まあ、気負うほど若くはねえんだ。この際だ、焦っても仕方ないし気長にやるか」と、高橋は心に決める。

そこでふと思い、側に来た長谷川に「そう言えば、長谷川さんは有段者だし、弓を弾く技量を持っているから、昔取った杵柄で、道着を着るのはお手のもんじゃないですか?」道着のことで高橋が尋ねると、長谷川が、「確かに、学生の頃弓道をやる時、袴を着けて臨んでいたけれど、暫らくご無沙汰だから着方を忘れてしまったよ。いろいろ試して思い出さないと、スムースに着られないと思うよ」

昔の記憶を呼び戻そうとしたが、「うむ…、如何やって着けたか忘れたな。まあインターネットで検索して、袴の着け方を調べてみよう。手順が分かれば思い出すし、着られるようになると思うんだ」

「ふうん、そんなものかな…」と思いつつ、高橋が市川に視線を向けて「そう言えば、市川さんも有段者で弓道再開だから、袴の着方なんかお手のもんじゃないですか?」と振り向けると、「確かに、昔、社会人になってから弓道場へ通っていたからな。でも、随分タイムラグがあり、今直ぐには着られないよ。俺もインターネットで調べてみるよ。そうすれば思い出すから…」

すると、高橋がぼやく。

「それにしても、参ったな。俺はまったく未経験だから、如何やって袴や上着を着ようかな。本格的に始めるなら、当然道着を身に付けて臨まにゃならんし、これは難問題だ。いずれにせよ、誰かに着方を教えて貰わなければならない気がするよ」

心配そうに「でも、きちっと教えて貰えるかな」

「しかし、一度くらい教えて貰っても、その時は分かった心算で、家に帰って再度着直してみたら、まったく出来ず難儀するんじゃないか」一抹の不安が胸をよぎる。すると、「心配しなくても、考えこまなくても大丈夫だよ。何度も着たり脱いだりしていりゃ、そのうち出来るようになるから」と市川が励ましてくれた。すると突然、高橋が「そうだ、俺も家に帰ったらインターネットで検索しよう。意外と詳しく説明しているかもしれねえから」とほざいた。

すると、白下先生から「あんなもの簡単だよ、要は何回も着たり脱いだりしていりゃ、そのうち出来るようになるから。道着が届いたら村越さんや戸田さんに帯の締め方や、袴の着け方を教わったらいい。師範室で実際に着けてみるといいよ。その時、村越さんらに手伝ってもらいなさい。頼みますよ」村越らに指示した。

「はい、分かっています。折角弓連協に入会し、正式に会員となれば弓道人としてのたしなみですし、徹底的に教え込みますからご安心を」と返した。

「と言うことで、高橋さんには基本的な袴の着け方を。長谷川さんには一度自宅で試してもらって、思い出せない時は何なりと聞いてください。市川さんも昔は着ていたでしょうから、長谷川さんと同様に試してみてください」

すると、両名が「分かりました。昔着た道着を引っ張り出して着てみます。まあ、インターネットで検索すれば、多分思い出すと思いますよ」

その頼もしさに「やはり、さすがですね。昔取った杵柄と言うものは」如何いうわけか、高橋が感心していた。


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