そう言われて、高橋がとぼける。

「そうですよ、楽して求めらるのは。私のように若い頃の美男子みたいに、そう簡単に得られるもんじゃないんです」

そんなとぼけに、市川が同調する。

「私も若い頃は、随分ともてました。見てください、今でもその頃の面影がいたるところに残っていますから」と吹いた。

すると、さらに高橋が乗ってくる。

「まあ、俺も。小山弓具から道着等が届いて着用すれば、これで弓道人としての容姿は整うわけだ。それで真面目に稽古に取り組めば、それなりに形が出来る気がしてきたよ。ああ、早く一式届かないかな」

さらに、うそぶく。

「袴などを身に付ければ、見た目は立派な弓道人だ。そうなれば、気持ちが入り稽古に励むことも可能になるし、初段の審査も受かるかもしれん。何と言ったって、見た目が重要だからな」

まだ、場立ちでの稽古もしていない段階から、ありもしない空想にのめり込むのだった。

そんな高橋をみて、長谷川がこけおろす。

「何を寝とぼけたことを、考えているのか。審査なんぞ受けたこともないのに、もう初段が受かるなんて、何を考えているんだか。まったく能天気な性格なことよ。それに場立ちでの行射すらこれからだぜ。本格的な場立ちでの行射が始まったら、ついて行けるか心配だ。なんせ、巻藁行射を始めたばかりだし、白下先生から審査のことを勧められたくらいで、その気になっているんだから」ほとほと呆れた顔で呟いた。同調するように市川も「その通りです」と頷いていた。

そんな二人の心配に、あっけらかんと高橋がまたのたまう。

「早く巻藁行射を卒業して、本格的な的場での稽古に入りたい。そして、ゆくゆくは初段審査に臨んで、俺の実力を示したいもんだ。ああ、今から腕がなるよ。それに道着を着た俺の姿も、想像すると凛々しいもんだぜ…」

それを聞く長谷川らは、「まったく、能天気なんだから。これじゃ、先が思いやられるよ」高橋の理解不能の態度に唖然としていた。



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