それから数日が経ったある日、高橋が「そろそろ審査受験の準備を始めるか」と、あらためて地方審査会の学科試験問題をインターネットで検索する。

「俺の場合は、初段への挑戦だから」と、各段別のA群、B群の問題を見る。「初段欄のA群は設問が二問か。それにB群は四つの設問な。しかし…」と、まじまじと見ていると、突然口を尖らせ「こりゃ難しいな。そんな甘いもんじゃねえぞ」眉間に皺が寄り、「A群一の設問はと…。何々、基本の姿勢と動作(基本の姿勢四つ、基本の動作八つ)のうち「○○」を説明せよ。だと…」

「うひゃ、これは大変だ!」

「それに、A群二は射法八節を順に列挙し「〇〇」を説明しなさい。だとよ」

「おいおい、俺は若くないんだ。今更、基本の姿勢と動作なんたらかんたらを覚えて、その中の一項目を説明しろなんて、とても覚えられんし出来ねえぞ。くそっ、頭が痛くなってきた」

「それに、B群の設問だって。弓道を始めた動機だの。学んで良かったと思うことを述べろ。と言われても思いつかないぜ」更に苦悶し、「どれが試験に出るか分らんのに。結局想定として、全部の設問に対して答えられるようにしなけりゃならんのか。それも、文章にしてだぜ」諦めに似た顔で、

「こりゃ、参ったな。白下先生からの審査要請を、何も考えず安請け合いしてまずかったかな。ああ…」

そんな困惑する思いが、高橋の思考回路を駆け巡り出していた。

「ああ、どうしよう。今更、『審査は受けません』なんて言えんものな」

「そう言えば…」と、長谷川の告げたことを思い出す。

「審査を受ける心算はない。弓道を再び始めたのは、弓道を今、そしてこれからも楽しむためだ。と言っていたな。彼にとって審査のための弓道稽古じゃないんだよな。弓道そのものを楽しむか…」頷きつつ、「うむ、立派な考えだし熟慮しているよな。さすが、長谷川さんだ」感服し、「やっぱり、伊達に二段の有段者になっていないわ。言うことが違うわい」と、意味不明の言葉を漏らす。さらに、「それに比べ。俺なんぞ、何も考えず、ほいほいと乗っての審査受験だ。浅はかなもんだぜ」とぼやき、市川のチャレンジ精神を褒める。

「それにしても、市川さんは凄いな。同じ有段者でも、長谷川さんとは考えが違う。更に上を目指すんだからな。こりゃ、飽くなき挑戦と言うことか」と持ち上げて、自分のことを喋り出す。

「そうだ、あまり深く考えても始まらねえか。脳みその皺が多少緩んでいるが。いや、大分無くなっていると思うが、ここは一丁、頑張るしかないか」と高橋は、己に言い聞かせていた。

さらに、「誰もが同じ考えでチャレンジする訳ではない。むしろ違っていることが普通ではないかと思うよ。長谷川さんの信念は尊重するし、市川さんは飽くなき挑戦と言うこと」

それで俺は如何なんだか、きちっとした信念でもあるのか…」

「なんて考えても、頭が痛くなるから止めとこ」例のごとく、あっけらかんと告げた。



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