そんなことで、あっという間に道場通いも一年を過ぎたある日、白下先生から審査のことを告げられる。

「君たちも、随分上達した。そろそろ今度の審査に挑戦してみないか。ただ、漫然と弓を弾いているだけでは、更なる上達は見込めない。今の自分がどれ程の技量と知識を身に付けたか、挑戦して確認してみるのも良いことだ。三人ともチャレンジしたまえ」と促された。

早速、高橋が反応する。

「ええっ、審査を受けてみろって。俺なんかに資格があるのか如何か…」思ってもみない要請に、戸惑い萎縮する。すると、意外にも市川が前向きの姿勢を示す。

「そうですよね。私もそろそろ、そんな気分になっていたところなんです。週三回の鍛錬で、随分力がついてきたんではないかと感じているところです。次は三段を目指しているから、今度の審査で実力を試してみようと考えています」

すると、教育担当の村越も詳細を説明し出す。

「いいですね。そろそろ審査を受けてみたらいい。まずは実技試験と記述問題がある。今年の各段別の問題が発表されているので、審査に備えた方がいいよ」と、年度別の審査スケジュールを見て、「今度あるのは、第三回の六月十九日県立武道館での審査となる」、さらに続けて「それと記述試験問題で地方審査会の学科試験として、対象各段によってA群(射法、射技、体配、基本体等)と、B群(理念、概念、修練姿勢等)があります」

「それで長谷川さんと市川さんは現在二段だから、三段のA群、B群から指定問題が出されます」と、そこまで説明すると、突然長谷川が口を挟む。

「あの、村越さん。私は昇段試験を受けません」と告げた。すると村越が、「せっかくだから、長谷川さん棄権することないよ」

すると勧める村越に、長谷川が「いいえ、受けないと決めています」と拒絶した。

「そうか、それでは仕方ないな」と村越が告げ、続けて高橋と市川に、「二人は受けますよね」と念押しすると、市川が「はい、先ほど言ったように、私はその心算でいます」

続いて高橋が「私も受けようと思うのですが。審査の対象になるんでしょうか…?」不安げに尋ねると、村越が「勿論だよ、誰でもチャレンジする権利がありますから」言うと、反応して「そうですか、それじゃ勇気を出して受けてみようかな。毎回の稽古の張り合いにもなりますし、何か目標がないと上達意欲が高まりませんから」

「そうそう、その調子で次の審査日まで頑張って稽古してください」村越が返すと、

高橋の目が輝きだし、「じゃ、頑張るか!」と背筋をピンと伸ばした。今迄はむしろマンネリ化していた稽古であったが、がぜん挑戦意欲が湧いてきたのか、二人の修練が熱を帯びきた。

ところが、高橋と市川の目の輝きが微妙に違う。やはり有段者なのか、市川の目の輝きが有段者としての風格なのか、自信に満ちた力強い視線だが、高橋にはその様な輝きがなく、期待と不安の混じる視線が漂っていたが、それでも挑戦者としての意気込みがその目の輝きの中にあった。



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