それでも、射法八節の足踏みから残心までの一連の動作を、時間をかけじっくりと身体に染み込ませて行く。

「高橋さん、射法八節の一連の動作が、まあまあ身に付いてきましたね。この基本動作が、弓道では最も大切なのです。同期の長谷川さんや市川さんも、習いたての頃は徹底的に学んだんじゃないですか。それで今があると思いますよ。特に長谷川さんは学生の頃始めていますから、先輩に随分しごかれたことでしょう」村越が推測すると、近くに寄ってきた長谷川が、「そうですよ、あの頃はきつかった。上下関係が厳しかったこともあり、よく弓の先で尻を突かれたりしましたからね。たいして上手でもない上級生が、先輩面して怒鳴っていたのを思い出しますよ。まあ、この俺も上級生になった時、同じことを下級生にしていましたがね」

さらにおべっかを使うように、「それに比べ、村越さんの優しいこと。高橋さん、感謝しなければなりませんよ。この特訓で、射場から弓が弾けるようになれば御の字だ。まあ、市川さんの場合はちょっと違いがあるけど。社会人になって習い始めているから、俺とまったく違う。さぞかしいい環境の下で習得したと思うんだよな。ねえ、市川さん」長谷川から振られ、「そうです。私の場合は、教えて貰う環境が最高だった。長谷川さんのような上下関係が、ある意味なかったですからね。まあ、それに私自身、才能と言うか。そう言うものを持っていましたから、射法八節などの動作はごく自然に身に付きましたよ」ちょいと鼻を高くする。すると、高橋が拗ねる。

「どうせ、私には才能なんかありませんよ。それに弓道は初めて経験することですから。ちょいと、苦労しているだけです。直に流れるような動作が、この華麗な身体から発揮されるのは間違いないと、自分では確信しています。まあ、見ていてください。そのうち、私の射法八節を見てあっと驚くことでしょう」大ぼらを吹く。

「それじゃ、じっくり見させていただきますよ。はて、何時になることやら」長谷川がおちょくると、市川も「楽しみにしていますから、精々頑張ってください」とエールを送った。


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