三
いよいよ弓道教室も、最終日を迎えていた。
足踏み、胴造り、弓構えなど一連の稽古をした後、道場内の射場に練習生全員が集められた。しかも、正座で板の間に座り講話を聴くのだ。
「俺の最も苦手とする正座で聞かなきゃならんのか」
「こりゃ、偉いことになったぞ」と、仕方なく正座して板床に座る。周りをそれとなく窺うと、皆が平然と座っていた。
「おまけに、彼ら二人も慣れているのか、これまたきちっと正座しているじゃねえか。うむむ…」高橋はぐうの音も出ず観念する。無理矢理正座して、うつむき加減に教育担当者の講話を聴く。
「それでは、皆さん。本日が最終日です」
「今まで習ったことを、今度は実際に試してみたいと思います。とは言っても、射位から射るのではなく、的から矢道の途中の十メートル程離れた場所から行射してもらいます」と、行射する場所を説明し、次に射る順番を説明する。
「まずは、参加者を五人づつのグループに分けます」と続け、それぞれ参加者を五グループに分けた。そして教育担当者が促す。
「それでは、第一グループの方準備してください。安土に設置した的に向かって構えて頂き、習った通り射法八節の足踏み、弓構えで弓に矢を番え、そして打起しから引き分けて実際に射り、残心までを行ないます」一つ咳をして、「ここ迄は、よろしいですか」と第一グループの五人を見まわして、さらに注意する。
「なお、各自が勝手に行わないこと。何故なら勝手に射て動き回ると、非常に危険だからです。特に射た後は、絶対に的に近づかないこと。五人全員が射た後の矢取りは、こちらで合図してから矢取り専用道を通って、一緒に取りに行くようにしてください…云々」
諸注意を聞く受講生達の目は輝き、真剣さが滲み出ていた。
正坐を我慢し順番待ちをする高橋が、こそと長谷川に話し掛ける。
「しかし、緊張するな。的に向かって、矢を射るなんて初めてだからよ。如何だい長谷川さんは。いや、君の場合は学生時代経験していたから慣れたもんだろう。射位ではなく、こんな近いところから射るんだから」
長谷川が応じる。「ああ、昔のことを思い起こせば、身体の血が騒ぐと言うもんだ。けれど五十年も前のことだし、この距離からなら百パーセント中てる自信はあるけど。射位からでは、練習を重ね体感を思い起こさねば、中てるのは厄介だと思うよ。でも、行射を重ねれば中る確率が高くなる。従って、この場所からならお茶の子済々というところかな」
昔を思い起こしては、自信を覗かせていた。そんな長谷川の態度に、無理して正坐する高橋は萎縮するばかりだった。
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