二
後日ある時と、当時のことを回想し出す。巻藁射をそこそこやった心算で、場立ち練習で弓を引いている時のことだ。
白下先生から告げられる。
「君は、射位で射ることより、あちらにある巻藁でもっと射る練習をしなさい」と、淡々と言われた。その時、俺は思った。
「そうだよな。弓道教室が終了したからと言って、直ぐに射位に立って射れる技量なんて持っていないのに、しゃしゃり出て射るなんて百年早いと言うもんだぜ。先生の言われる通りだ」と反省する。
さらに回想し「確かに、そういうこともあったな。そうだよ、行射経験なんか無いのに等しいし、今まで何度も矢を射たこともない。今回の弓道教室で、初めて経験したんだ。それ迄、弓や矢など見たこともないし、触ったこともなかった。むしろ弓道そのものに、縁もなかったし興味すら持っていなかった」
「それが如何だ。たまたま弓道教室に応募し運よく合格したから、弓道場に通っているが、もし不合格の通知を貰っていれば、それ迄だったと思うよ。実際、それで弓道とはおさらばだったし、縁が切れていたんだ」
「思い返せば、何かの縁と言うものか…」
「川越市の広報誌に掲載されていた弓道教室応募案内がたまたま目に止まり、最近の運動不足が頭にあったのか、今まで経験したことのない興味と言うか、新たな出会いを求めてと言うか、誘いに乗った迄のことだ」
「これも、若い頃の山歩きが幸いしてか。最近の運動不足解消に応募案内に乗ったと言うことになるし、元々身体を動かすことに、抵抗ないし好きなものだから。とは言え、この歳じゃあまり激しい運動は出来ないと言うか、所詮無理と言うものだ」そんな屁理屈から、「それなら、他の運動に比べ、そんなに激しく身体を動かさなくても出来るんじゃないか」と、安易に考えたふしがある。
それ故、初めの一歩と言う形で足を踏み入れた。
「兎に角、弓道教室で教えてもらうことは何でも初めてだ。昔、経験した登山や、今続けているウクレレとはえらい違いだぞ…」
見るもの聞くのもやってみるのも、すべてが初体験となれば、気も疲れるし身体も自然と疲労してくる。おまけに弓など持ったこともないし、弓の引き方さえ分からない中で、参加者全員が指導者から教育を受ける。
繰り返し指導を受けているうち、なる程こんなものかと思うようになり、一瞬気が緩むことがある。そんな時ほど、すかさず教育担当者から声が飛んでくる。
「高橋さん、皆さんと合わせて下さい。タイミングがずれているよ!」と、激が身体に突き刺さってくる。
慌てて、「すみません、慣れないもんで。なにしろ自分のことで精一杯で、他の人の動きに目が行かないんです。でも、よく見て合わせるように頑張りますから」と、応じることがしばしば起きた。
「注意されても、この歳で始めたんだ。経験者や若いもんのように、上手くいかないぜ。身体も俺の意志通り働いてくれないし、スムースに動かんもんな…」と、つい愚痴が出る。
「それでも、なんだかんだと言いながら、くらいついて行く思いで弓道教室の授業をこなしていたよ。自分としては上出来じゃねえか」改めて、自分を慰めていた。
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