そして数日が経ち、弓道教室開催の当日がやってきた。数日前に川越武道館を下見していたので迷わず三十分前に着いた。「いよいよか…」と呟き、敷地内の駐車場に車を止め館内に入って行く。階段を降りると、地下一階が弓道場で静まり返っていた。勿論、一番乗りである。講師も生徒もいない中、何故だか身体が熱くなってきた。暫らく待つと、先生らしき人及び生徒が集まる。

道場内は、二十八メートル先の正面安土に取り付けられた的が五つあり、さらに道場内右手上部に、日本の国旗と神棚が飾られていた。そしてその前に審査席があり、そこに指導者である白下先生と有段者(後で解るが五段である)が座り、その前に我ら参加者が整列し正座して座った。

 ところが、その正坐が問題である。おまけに、この弓道場は板敷になっている。

「おいおい、こんなところで正坐かよ。参ったな。俺、畳の上や座布団の上だって胡坐だぜ。正坐なんてしたことないし、出来ねえぞ。それに先生の訓話も長そうだし耐えられるかな…」

そんなことを思いつつ、無理矢理正座してみると激痛が走る。

「うへえ、痛えな!」

胸中で叫び我慢して座るも、直ぐに膝が悲鳴を上げていた。

「おいおい、たまらねえぞ。痛くて耐えられねえや。しかし、他の生徒らは平気なんかい」訝りつつ、前列の参加者を見ると、平然と座っている姿が目に止まる。「うっへ…」驚きとともに足が痛みだしてきたが、それでもじっと耐える。

「大したもんだ、座るの慣れているのか。ひょっとして、経験者が多いのかも知れん」と胸中で感心するも、直ぐに納得する。

「おお、そうか。今回の弓道教室への参加希望者の中には、弓道経験者も居るんだったけな。道理できちっと座ってら」

もぞもぞと、無理に正坐した足を動かすと「いてっ!」激痛が走った。「うむ、如何にもならん」冷や汗が額に滲むも、拭うことも足を崩すことも出来ずにいた。

「ああ、如何しよう。これから教室が始まるというのに、こりゃ先生の講話も頭に入らんぞ」

「ううう…」痛みが足から腰へと広がり、脊柱を通して脳にまで来ていた。そんなこんなで小一時間、どんな講和か、何を話してくれたのか記憶が飛ぶ始末である。

「参ったな。初日からこんなんで、十日間耐えられるのかよ…。ましてや実際に弓道なんかしたことないんだし、お先真っ暗だぜ」言葉にせぬが、愚痴ばかりがついて出る。

それでも耐えていると講和が終わり、教育担当者の呼びかけで準備体操を始めようとするが、容易に立つことが出来ずうずくまる。

それでも痺れる足でようやく立つが、両足の感覚がなくなっていた。準備体操も通常のものではなく、弓道専用の体操である。面喰い有段者の動きを見ながら真似て行うそばから、つい腹の中で愚痴が出る。

「教室に通う期間、ずっとこの準備体操をせにゃならんのか」

「参ったな。覚えられないぞ…」戸惑うが、直ぐにあっけらかんとし「まあいいか、適当にお茶を濁しながらやればいいんだ」そう目論んでいた。



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