第二章弓道教室一



先日申し込んでおいた、弓道教室開催参加の合否通知が来た。それこそ、当たれば儲けもの程度の気持ちで待っていたものである。期待はそれほど持っていなかった。それがなんと合格通知である。

「弓道経験がない俺でも合格したんだ」と、驚きとともに喜びが込み上げてきた。

さっそく女房に「弓道教室の申込、合格したよ」と通知を見せると、手に取り「それは良かったわね。まあ、無理せず頑張って」と軽くいなされた。

「受かったか…」ぽつりと漏らし、「さて、どんなものか。なんせ弓道自体、考えたこともなかったしな」

「弓道教室の講義とか、実践は如何いうもんか」と高橋は改めて推測するが、直ぐに居直る。

「何でも始める時は、戸惑うもんだぜ。今まで経験がなければ悩むこともある。それは当然だし、上手くいかないことも多々ある。そこを如何乗り越えるかだ。こんなことは皆同じじゃねえか。俺だけが悩むもんでもなかろう」

さらに続け「そうだろう。経験者だって、上を目指して苦労しているはずだし、悩んでいることも多いだろうよ。決して簡単に昇段しているわけないしな」

「それに比べ、俺なんぞ弓道経験ゼロで、守るものは何もない。あえて挙げれば、てめえのメンツぐらいだろうて。そんなものくそくらいだぜ」

「まあ、精々楽しまなければ授業料が無駄になりゃ。大枚三千円だぜ。年金暮らしの俺のひと月の小遣いのなかでは大金と言うもんだ」とうそぶき、「それにしても、弓道とはどんなものか」

「難しいのかな…」

「俺に出来るのかな…」

不安の種が、芽を吹きだす。

「教室が始まっても、余りの不出来に愛想つかされないかな…」

さらに、「それとなく、退会を迫られるかもしれない。歳も歳だし、『弓道と言うものは、上腕や足腰の筋力が必要になる』と言われ、そうかと言って今から鍛えるわけにもいかないし、教育担当者から『歳だからあまり無理すると、身体を壊しかねないので』なんて告げられてさ」

言われそうな断り文句を羅列するが、いっぺんして良い方に推測しだす。

「いや待てよ。そうとも限らんぞ。今頃の若いもんには弓道なんて人気がねえし、やる奴を確保のために、高齢者は駄目なんて言っていられねんじゃねえか」

「今どきの若い奴らはスマホのゲームばかりやっていて、身体を動かすことが苦手な奴らばかりだ。そんな奴らが、弓道教室に応募してくるわけがないと思う」

それだから上達見込みがなくても、要員確保のため俺みたいな者にも、最もらしくうそぶき、下手くそで将来どれ程修練してもさほど見込みもないのに、猫なぜ声で教育担当者がのたまう。

「いやいや、君はじつに筋がよさそうだ。弓道教室に参加して正解だよ。いい掘り出し物に巡り合えた」などと、まだ弓を引いたこともないのに、教育担当の村越が都合の良い方に解釈して貰ってか、まんざらでもなさそうに高橋が次々と漏らす。

「筋がいいなんて、褒めちぎられてよ」

「まったく、その気になっちゃうじゃねえか」

「こりゃ、この際やるしかねえな」と勝手に結論付け、「この俺も、見捨てたもんじゃないぜ」と吹聴し、不安の種など何処かに吹き飛ばしてか、能天気なことを平然とぶちまけている有様である。

それにしても、あまりにも楽天的なのか。幾重の妄想の世界へと思考が飛んでいたが、直に現実の世界に戻り、平然と呟く。

「いずれにしろ、教室と言うからには基礎から教えてくれるんだろうな。全十回の弓道教室となっていたから、この際参加してみるか。まあ、合わなければ止めてもいいことだし、そんなに神経質になることもないか」

都合よく「そうさ、気軽にやればいいんだ」

「ウクレレにしろ。あん時だって、そんな気持ちで始めたんだしな」

勝手にいい方へと解釈して、「なんだって、やり始めれば多少は苦労も伴うが、如何にかなるもんだ。そんなに深刻になることもないぞ」

胸中でフッキってか、ずぼらにも思いつつウクレレを手にし、ハワイアンの代表曲である『アロハ・オエ』を伴奏とともに弾き始め、ゆるりと歌い始める。

「優しく奏ずるは、ゆかしきウクレレよ。……夢を乗せてゆるる。アロハ・オエ、アロハ・オエ。こだまする、あの調べよ…」気持ちがゆったりとしてきた。ウクレレを弾く指が軽やかにリードし、滑らかに曲を奏でていた。

『アロハ・オエ』を歌い終え、次の曲に移ろうとする高橋には、弓道に対する不安など何処かに吹き飛んでいた。



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