広報誌を観ながら、懐かしむように若かりし日々を思い起こしていた。

ふと、現実に戻る。

「しかし、なんだ。この歳になって、身体を動かす運動がしたいなんて。やっぱり、若い頃受けた刺激が恋しんだな…」

高橋は何か知らぬが、胸の奥が熱くなって行くのを感じていた。

「今じゃ、昔のように登山とかテニスのような激しい運動は出来ないが、弓道ならなんとかなるんじゃないか」と考え始める。

「まあ、経験もなく。実際にやったこともない。無論、学生時代や社会人の頃でも弓道教室に行ったこともないし初めてだ。でも見た目では、そんなに身体を激しく動かすものでもないらしい」、安易にも頭の中で決めつける。すると、無性にチャレンジしてみたい欲望が湧いてきた。

それとは裏腹に、「俺も、もう七十歳だ。やったことがないのに、本当に出来るのかな…」と少々不安になるが、「ちょっと考えてみようか」と結論を先送りにした。

数日経ったある日、弓道教室のことが思い起こされる。

「もう一度、広報誌を観てみるか」書棚に置かれていた広報誌を取り出し、情報アラカルトのページをめくる。

「おお、まだ申込み期間内だ。それなら、ちょっとやってみるか。未経験者歓迎だし年齢は十八歳以上で上限制限は書かれていない」さらに続けて「と言うことは、この俺も対象になるということだ」と解釈し、申し込もうと決意した。

すると「そう言えば…」と、またもや数年前の出来事が蘇る。

「生きがい大学への通学もやっていたな…。あれは、六十歳から対象の授業だった。当然七十歳に近い人や、超えている人もいたが、正規の学生に交じってみんな真剣に学んでいた。それも学生が受ける教科だ。また授業の他にクラブ活動が必修となっていて、そこでウクレレを始めたんだったな。また午前の授業が終わると昼飯の時間となり、俺は好んで学生に混じり学食を食った。雰囲気を味わいたかったからだ」

「ちょっと話がずれたので、いきがい大学でのクラブ活動の方へ戻そう」

「それまでは音楽に興味はなかったし、楽器をいじるなんて考えてもみなかった。それが何を思ったのか、クラブ入会を決める際に、今迄やったことがないことにチャレンジしてみようかと考え、丁度ウクレレクラブを立ち上げるというんで籍を置いたんだ。深く考えもしないでよ」

「あの時も、大いなる挑戦と言うことになる。当時、四十歳から始めた陶芸に関わるクラブがなかったこともあり、まったく未知への挑戦と言うことで始めたんだ。楽器などいじったこともなく、ましてやギターも持っていなかった。だから今考えれば、安易に決めたことが無茶なことだよ」

「これは無茶と言うより無謀だが、そんなことはお構いなしだった」

高橋は、この度の弓道への挑戦を前にして、今までやって来たことを胸中でさざ波のごとく思い起こしていた。

「陶芸の他にウクレレを十数年演奏してきたが、果たして弓道を含めて三つも出来るかな…」と一抹の不安がよぎるが、「まっ、何とかなるか」と呟き、その不安を一蹴した。



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