第1章出逢い 一
ひょんな出逢いから始めた弓道である。
…何時だったか。
この年齢で、若き頃の登山などの激しい運動は、今さら無理だし出来ない。そんな事を思い巡らせていた。何時ものように暇を持て余し、定期的に届く市発行の広報誌に目を通していた時目に飛び込んで来たのが、情報アラカルトに記載されている木曜弓道教室の誘い案内である。
主催は川越市弓道連盟。教室の開催期間が十月六日から十二月十五日の木曜日(全十回)。時間が午前十時から正午まで。場所は川越武道館。対象が市内在住もしくは在勤の十八歳以上。募集人数二十人(多数の場合は抽選)。参加費用三千円。往復はがきに催し名、住所、氏名、電話番号、年齢、弓道経験の有無を記入し九月二十日(火)までに、川越武道館(廓町二―三十―一)へ申込み(同連盟ホームページからも申し込みも可)となっていた。
開催案内を一通り読み終え、他の案内情報に目を移す。太極拳体験教室、ボランティア講座、城西大学公開講座「ポストコロナ社会を生き抜くために」、それに押し花体験教室など、実に様々な教室開催の案内が載っていた。
「そう言えば…」と、昔の若い頃の経験事が蘇る。
「何といっても、学生時代は山登りに明け暮れていたな…」
高橋は当時の思い出が、走馬灯のように浮かび上がってきた。
学生時代の頃である。
山仲間の笠田に話し掛ける。「おい、笠田。今度の沢歩きの計画は如何するんだ?」
大学校舎での授業中にも拘わらず、講義そっちのけでひそひそ話が始まる。
「そうだな、丹沢の勘七にでも行くか。テント持ってよ。まあ一泊二日の遡行でもしようや」
「いいね、あそこは今回で三度目だが、飽きが来ないしコースによっては状況が日々変わる遡行だぜ。それによ、最寄り駅の渋沢は新宿から一時間程で行けるしな」
「ああ、二股の勘七沢には駅から歩いて小一時間で行ける。夕方六時ごろ新宿に集合して、のんびりと行こうや。テント張って夕飯を作り、満天の星空を眺めながらウイスキーをちびりちびりやるなんぞ最高だからな」
そう言えばと、さらに笠田が思い浮かべる。
「しかし、綺麗だったな。都会の夜空と違って、空気が淀んでいない分星空が輝いていてよ。まるで満天の星が降り注いでくるようだったし、ちょいと手を伸ばせば届く感じがしたな…」さらに続けて「ううん、まさしくそう感じたし。夜空の星の天体ショーを観ているようだった」ロマンチストのごとく漏らす。
すると高橋が、「なに、柄でもねえこと言ってんだ。このがに股男がよ!」と貶すと、
「うるせえな。感じるんだからいいじゃねえか!」笠田が反発した。
二人には、もはや講義など耳に入らず、完全に沢歩きの思考の中に埋没していた。すると、隣に座る笠田がさらに乗って来る。
「そうだよな。何度行っても勘七はいいよな。行くたびに違った顔を見せてくれるからな。そう言えば、同じ丹沢でも源次郎沢も良かったよな。あそこは勘七沢より若干レベルが高いし、遡行も緊張感が結構あったよ」と笠田の頭の中は、完全にそちらに飛んでいた。二人の会話は、当然実行計画へと進む。
「それによ」と高橋が目を閉じて、頭の中に映し出す。
「あの星空、なんて素晴らしんだ。まるで無数の星が降ってくるようだったなあ…」
「そうだった…」笠田も懐かしいのか、二人は同時に思いにふけっていた。どれくらいの時間が過ぎたか定かではないが、突然授業終了のベルが鳴り、現実の世界へと引き戻される。ぞろぞろと学生たちが教室を出て行く。高橋らも続き、笠田が歩きながら誘う。
「おい、高橋。腹が減ったし、丁度昼飯の時間だぞ。オシベへ行ってスパッゲティでも食わねえか」
「いいね、俺も腹減っているから行こうぜ。まあ、飯でも食いながら山行計画でも練ろうや」話しながら、共に教室を後にした。
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