第13話 第十三講 米料理


「米料理の講義を始める前に、君たちの一番好きな料理を教えて欲しい」と先生は、返答を求めた。

 全員に尋ねて集計したところ、一位がパスタ、二位がカレーライス、三位がドリア、四位がラーメン、五位がハンバーグで、七位にチャーハンが登場した。

「それじゃあ、一番好きな料理をどれくらいの頻度で食べている? 柿崎さん、どうだろう? 君はドリアが好物だね」

「ええ、ドリアを食べるのは月に一回程度です」

「荻久保さん、君は大好物の餃子を週に何回食べる?」

「いえ、餃子を食べる頻度はそれほど多くありません。二週間に一度、夕飯のおかずにしています」

「じゃあね、この中で自分が一番好きだと言った食べ物を毎日、食べている人?」

 先生が挙手を求めたので、僕は手を上げた。

「永瀬君、君の一番好きな食べ物は?」

「味噌汁です」

「数ある料理の中で、君の一番は味噌汁なのか?」

「はい、磯の香りのする、あおさの入った味噌汁が一番ですね」

「人間離れした答えに聞こえるね」

 生徒、全員の大爆笑で、先生の声が聞きづらくなった。

「ああ、あの……、永瀬君、君の場合は例外的だ。一番の好物を毎日食べているのは、生徒三十五人中一人だけ。確率で言うと、2.86%に過ぎない」

「無視できない数ですよ」と、野島さんが指摘した。

「確かに無視はできないが、大半の人は大好物をたまにしか食べない。それでいて、お米のご飯は、毎日のように食べている。日本では、三食ともご飯を食べる人は大勢いる」

 僕は味噌汁と同様に、毎日食べても良いぐらい、おにぎりも大好物だ。

 先生は僕の回答と、野島さんの指摘に戸惑いながらも続けた。

「そこで、今日の講義だが……」と、先生は僕と野島さんの顔を見比べた。

       ※

「チャーハンとピラフが、種類の違う料理だというのは知っているかな? 永瀬君?」

 今までの僕なら「えーっ、違うのですか?」と、声に出して驚いただろうが、料理本の読書の甲斐あって「ええ、知っています」と、すぐに答えた。

 本来なら、僕が言いそうな「えーっ、違うのですか?」の驚きの声は、長谷川さんの口から出た。

「チャーハンは中華料理で、ピラフはトルコ料理です。料理の仕方も違い、チャーハンでは炊き上げたお米を調理しますが、ピラフでは生のお米の状態から調理します。それと、調味料は、チャーハンでは醤油や胡麻油を使いますが、ピラフではバターやブイヨンを使う点も違います」と、僕が話し終わると真っ先に、隣のチームの鈴奈が小さく拍手した。

 先生も「見事な答えだ」と、褒めると生徒全員が一斉に拍手した。

「今回の永瀬君のような素晴らしい答えには、今後も惜しみなく拍手を送ろう」と、先生は提案した。

「今回の料理の分担は……」先生の指示では、僕のチームは焼き飯を担当し、鈴奈や桔梗の美少女チームはドリアを担当する。今回も、料理ができた後でバイキング方式で分け合う。

 チャーハンのコツは、ご飯がくっつかない工夫と味加減だ。

 一.ご飯が炊けたら、平皿に広げて五分間冷ます。

 二.冷ましたご飯を水洗いし、笊にあけてペーパータオルで水分をとる。

 三.青ネギを小口切りにする。

 四.煮豚を1cm角に切る。

 五.ショウガをすりおろす。

 六.ボウルにタマゴを割り、箸で溶きほぐし、塩を一つまみ入れる。

 七.中火で熱したフライパンにサラダ油とショウガを入れる。

 八.フライパンに溶いたタマゴを入れ、木ベラで大きくかき混ぜる。

 九.ご飯を加え、ほぐすように炒める。

 十.ご飯に塩胡椒を振る。

 十一.煮豚、ショウガ、青ネギを加える。

 十二.醤油を加え、焦がして香りが付けば出来上がり。

「チャーハンは、お椀に入れて形を整えてから、皿に移すと高さが出て食欲をそそる。天辺に紅生姜を載せると、さらに良い」と、先生は伝えた。

 ピラフの作り方は、チャーハンとは驚くほど違う。

 一.むきエビの背ワタを取り除き、塩を少々振り、片栗粉を少々揉み込んで洗い流す。

 二.タマネギ、ピーマン、ニンジンをみじん切りにする。

 三.フライパンにバターを入れて、最初にエビを焼く。

 四.火が充分に通り、エビの色が変化したら、タマネギを入れる。

 五.タマネギが透き通ってきたら、ピーマン、ニンジンを入れる。

 六.米を入れて、白く透明になるまで炒める。

 七.水200ccとコンソメを入れて、塩胡椒で味付けをする。

 八.強火にして沸騰したら、蓋をして弱火で十分間加熱する。

 九.味見して、米に芯があれば水を増やし、沸騰させる。

 十.火を止めて、八分間蒸らすと出来上がり。

「ピラフを盛り付ける時も、真ん中を高くして。立体感が出るようにすると美味しそうに見える」先生は、続けてドリアの説明を始めた。

「ドリアが、どこの国の料理か知っているかな?」と、先生が質問すると、即座に野島さんが「ドリアには、地中海料理と同じ雰囲気があるので、常識的に考えてスペイン料理でしょう」と答えた。

「君の……、常識的という考えが曲者だな。意地悪な質問だったが、ドリアは日本で考案された料理だよ」

「和食ではないし、日本料理とは言えないはずです」野島さんは不満げに言い返した。

「確かに洋食だがね。ドリアは1930年頃に横浜ホテルニューグランドの初代総料理長サリー・ワイル氏が即興で作ったものが伝えられている」

「ほら、日本人じゃなかったでしょ」野島さんは、悔しそうに呟いた。

「サリー・ワイルはスイス人で、日本には二十年間滞在して、日本の西洋料理の発展に貢献している。従ってドリアは、スイス料理であり、日本料理であり、無国籍料理だ。正確には、サリー・ワイルが得意としたフランス料理の技術で作られている」

ドリアの作り方は……。

 一.オーブンを温めて置く。

 二.タマネギを薄切りにする。

 三.むきエビの背ワタを抜く。

 四.フライパンにバターを溶かし、タマネギを入れて炒める。

 五.タマネギがしんなりしたら、むきエビを加えて炒める。

 六.エビの色が変化したら、中火にして薄力粉を加える。

 七.薄力粉を混ぜてなじんだら、牛乳を二回に分けて入れて、しっかりと混ぜる。

 八.塩胡椒、ケチャップを加えて五分間煮る。

 九.耐熱皿にご飯を広げ、フライパンの具材をかける。

 十.ピザ用チーズを散らし、180℃のオーブンで10分間焼く。

 十一.こんがりと焼き色が付けば出来上がり。

 先生は、ドリアの作り方の講義を終えると、思案深げな表情で炊き込みご飯の話を始めた。

「炊き込みご飯の起源は、奈良時代に遡る。元々は米の収穫が少ない時に粟や稗などの雑穀や、イモ、ダイコンを加えて炊いた混ぜご飯だった。その後、米に野菜や魚を加えて調味料で味付けした料理に変化して、現在の炊き込みご飯が完成している」

 先生は、生徒の顔を前列から、一人一人確認するように見ると

「炊き込みご飯は、具材を刻み、だし汁を作ると炊飯器で調理できる。あまり、料理らしくないので、今回はリゾットを作ろう」

 僕は拍子抜けして、何か質問しなければと思いつつも、声が出せなくなっていた。

先生は、僕の方を見て「どうだ? 永瀬君、リゾットがどこの国の料理か分かるかな?」と、答えを求めた。

「話の流れから考えると、日本料理ですか? リゾットもサリー・ワイルが即興で作ったものでしょう」僕は、先生の心理を読んで答えた。

「ははあ、永瀬君の考えだと……、そう来るか? 春野さん、君の答えはどうだ?」

 僕が当惑していると、桔梗は椅子の向きを変えて座り、身を乗り出してきた。

「鈴奈は、信頼できるし、あなたに対して優しい。また、あなたを助けてくれるわよ」と、明るい表情で告げた。

「リゾットは、イタリア語でお米のことだから、イタリア料理だと思います」

 鈴奈の答えは、シンプルだった。

「それが正解だ。リゾットはイタリアでは、ピッツァと並ぶ人気料理だ」

「さすがね」と、桔梗は僕にウインクした。

 僕は、まだまだ料理の腕前や知識で、鈴奈には敵わないのを改めて実感した。

 先生の話では――世界三大米料理はピラフ、リゾット、パエリア――だ。僕は、日本人のソウルフードである寿司やおにぎりが、三大料理の一つに数えられていないのを不満に思った。

 リゾットの作り方は……。

 一.ベーコンを1cm幅にカットする。

 二.ニンニクをスライスする。

 三.タマネギをみじん切りにする。

 四.フライパンにバターを溶かし熱する。

 五.フライパンにニンニクを加えて炒める。

 六.ニンニクの香りが出たらタマネギを加える。

 七.タマネギがしんなりしたら、ベーコンとシメジを加え、火が通るまで炒める。

 八.温かいご飯を加えて炒める。

 九.よく混ぜ合わせ、コップ一杯の牛乳とチーズ、塩を入れて加熱する。

 十.チーズが溶けたら、全体を混ぜて器に盛りつける。

 十一.黒胡椒と粉チーズをかけて出来上がり。

 各班がそれぞれの料理を作っている間に、先生は卵スープと味噌汁を作っていた。

 僕は、卵スープを選ぶと、小皿に少しずつ、チャーハン、ピラフ、ドリア、リゾットを取り、席に戻って食べた。僕はチャーハンを一番美味しく感じた。こういうケースでは、必ず鈴奈たち美少女チームが作った料理を旨く思う。彼女たちの腕前の違いなのか、美観が料理の味を左右しているのか、今のところ分からない。

 帰りは誘い合わせて、鈴奈、桔梗、茜の三人と洋菓子店の喫茶コーナーで、チーズケーキを食べた。店の窓から外を眺めていると、以前、鈴奈といる時に出くわした不良グループがアーケードの下を歩いているのに気づいた。

 彼らも僕の存在に気づき、こちらに近づくのが分かった。鈴奈は恐ろしく鋭い目つきで、リーダー格の男を睨みつけていた。僕は、逆に挑発する展開にならないかと気になり、冷や冷やしていた。

 だが、僕の不安は的中しなかった。彼らは、足の向きを変えてまで近づいては来なかった。

 桔梗と茜は、そんな様子に気づかないのか、「ここのチーズケーキ最高ね」と頷き合っている。

 僕は以前みたいに「張り子」と呼ばれて、揶揄されるのを恐れていたのでほっとした。そういえば、あれ以来、学校でも、美人の鈴奈と付き合う僕に一目置くように、彼らは張り子の虎呼ばわりしなくなっていた。

「僕は、中学生の頃、非行少年の意味が分からなくてね。非行の文字を飛行機の飛行と間違えていた。それでもね。ヒコウ少年が悪いことをする少年の意味だと知っていた」

「同音異義語は、間違えやすいから、ありがちなのよ」と、茜は同調した。

「それで、よく非行少年を『飛んでいる少年』だと思い、ワルガキを見つけると『あいつ相当、飛んでいる男だよな』みたいに友人に話していた」

 桔梗はクスクス笑いながら「それで……、いつ間違いに気づいたの」と、答えを催促した。

「それが、中々分からなくて、ある日、新聞で悲惨な少年犯罪の記事を見つけた。それが、痛ましい殺人事件でね」

 三人とも、神妙な顔つきになり、僕を注視していた。

「僕は友人に、新聞記事の感想を『あいつこそ、正真正銘のぶっ飛んでいる男だ。かなり、ハイだよ』と告げていた。そうすると、皆、僕をどう思うか分かる?」

「面白い、男の子だと思われたでしょ?」

「いや、それは、僕が非行の文字を飛行機の飛行と勘違いしているのを知っている場合だけだ。ワルガキや犯罪者を『飛んでいる、飛んでいる』と、繰り返し言葉にしていると、僕自身が悪事に憧れていると誤解されて『お前、涼しそうな顔しているけど、本当はどす黒い本物のワルなんじゃないか』みたいに言われる」

「大変だったね」と、茜が宥めた。

「非行という文字、習わないし覚えていなかった。文字の違いに気づいてから、非行少年を『飛んでいる少年』と言わなくなってから、ワルだと思われなくなったけどね」

 三人の美少女は、僕の話の面白さに満足していた。僕が「他にも、チーズケーキが絶品の店がある」と、話すと三人は興味を示した。「元町まで行くと、自家製チーズケーキを提供する喫茶店があるけど、今度行こうか? 今日の店のチーズケーキに負けないくらい美味しいよ」と、伝えると三人とも乗り気だった。

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