〇第二十七話 大正浪漫とすれ違う会話①
雛子がカップラーメンを食べ終えても、まだクロは帰ってこなかった。
「喉渇いたなぁ……」
カップラーメンのスープを飲み過ぎたかもしれない。何か飲み物はないかと、雛子はキッチン奥のパントリーを開ける。
「おおっ」
そこには同じラベルのミネラルウオーターのペットボトルがぎっしり詰まっていた。
「はい、どうぞ」
静に一本渡すと、またもや静はペットボトルをつぶさに観察している。
「これは、水か?」
「はい、ただの水ですよ。飲みきらなければ、キャップをしておけばまた後で飲めます」
「この形といい、簡易に閉められるフタといい、とても便利なものだな、これも」
静はしきりに感心している。その姿に雛子はくすりと笑った。
「静さんて、この世界の人じゃないみたい」
冗談のつもりで言ったのだが、静が真剣な顔で雛子を見つめてきたのでドキリとしてしまう。
「静さん……?」
「……君は元の世界に戻ったら、何がしたい?」
「え?」
唐突に問われて、雛子は言葉に詰まる。
「この現世には、いろいろな異世界が同時に存在している。それぞれの異世界は、日常お互いに干渉しない。しかし、ある一定の条件を満たしたとき、もしくは単なる偶然に、異世界同士が関わってしまうことがある。今回のように」
(異世界……そうかもしれない)
大富豪も呪術師も、雛子にとっては異世界といっていい。
「いま君がいるここは、本来君とは無関係の異世界だ。だから、君は本来の世界で、本来なら何をしているのか、ふと聞きたくなった」
「本来の世界……」
雛子の日常――とは。天井を見上げ、考える。
「学校に行ってます」
「ほう。女学校か」
「いえ? 女子校じゃなくて……都立なんで共学です」
「共学? 男女が共に学ぶのか」
静は目を丸くする。
(えっ、そこ? そこに驚くの? ずーっと男子校の箱入お坊ちゃんか、大富豪だからそもそも学校に行ってないとか?)
雛子は内心、首を傾げつつ続ける。
「学校が終わるとアルバイトに行きます。二十一時まで働いて、帰ったら学校の宿題やって、その頃にはもうへとへとに疲れているから瞬殺で寝ちゃいます」
「アルバイト……そうか、大変だな。苦学生なのだな」
静のまなざしは憐憫に溢れている。
(そこまで憐れまれちゃうと、なんだかなあ……)
確かに周囲と比べてアルバイトはかなりしていると雛子も自覚はしているが、静の憐れみようがすごい。青みがかった双眸が若干潤んでいるように見えるのは気のせいだろうか。
(しかも苦学生って……)
これまた大正浪漫が香る言葉だ。
「苦学生っていうか、目標があって」
「目標?」
「家で猫を飼いたいんです」
静は、軽く眉を上げた。
「猫を飼うのが目標とは、そんなに猫が好きなのか」
「はい、大好きです。お母さんも猫が大好きだった。それで、昔、約束したんです。いつか家で猫を飼おうねって」
雛子の言葉が過去形なことに、静は顔を曇らせる。
「もしかして、御母上は、もう」
「はい。お母さんは、あたしが七歳の時に亡くなりました」
「そうだったのか……すまない」
雛子は笑って首を振った。
「静さんが謝ることないですよ。もう昔のことですし」
「しかし、猫を飼うためにそんなに夜遅くまでアルバイトをするというのは、どういうことだ? 猫がそんなに高価な動物とは思わないが」
「それはですね」
雛子は、かいつまんで説明した。
「猫を飼うには、自分の部屋とか家が必要ですよね?」
「まあ、そうだな」
「そのためには自立して、叔母の家を出なくちゃなんです」
「叔母上とは……先ほど鬼から和魂に戻ったという人たちか」
「はい」
「そうか。ならば、出ていったほうがいいのだろうな。猫のためにも、君のためにも」
「ええ、そうですね」
里子の雛子には国から養育費が出ている。叔母たちが養育費目当てで雛子を引き取ったことは幼い頃から薄々わかっていた。
家畜と呼ばれ、ひどい扱いを受け、それでも雛子があの家に置かれたのは、養育費のためだ。
そんな今さらなことを思い返し、雛子は改めて決意する。
妖火を静に返して日常に戻ったら、すぐにでもあの家を出ていこう、と。
雛子は顔を上げて、微笑んだ。
「だから!高校を卒業したら寮のある職場に就職するんです!アルバイトをたくさんするのは、そのために資金を貯めるっていう目的もあるし、たんに今、高校の授業料を自分で払っているから、っていう理由もあります。猫は、今は飼えないけれど、いつか飼える日を想像すると、日々がんばれます!」
なるべく明るく軽く言ったつもりだったが、静はじっと雛子を見つめ、しみじみと言った。
「なるほど……君は、いろいろと大変なのだな」
(しまった! あたしまたかわいそうな人みたいになってる!)
自分の話をするとどうしても静の同情を誘ってしまうようなので、雛子はあわてて静に話を振った。
「静さんの友だちって、どんな人がいますか?」
単純に、興味があった。この容姿、この淡々として性格で、交友関係はどうなっているのだろうか、と。
しかし意外にも、静は表情を硬くして黙りこんでしまった。
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