〇第二十二話 妖屋敷の『核』


 階段を下りると、ひんやりとした石造りの通路が伸びている。


 灯りはない。しかし静は迷わず進んだ。目をつぶっても歩けるほど、通いなれた場所だ。

 いつも「行きたい」「行きたくない」の狭間で揺らぎながら歩いた通路。

 今も、行きたくない。全身が拒否反応を起こしている。

(おそらく『核』は、あそこにある)

 呪術者の見せる幻影は記憶の中の闇を映す。ならば、静の闇はこの先にある地下牢。そこに閉じ込められているもの。


 静は目を凝らす。


 通路の最奥、つきあたりの空間は行き止まりで、そこから先の空間は鉄格子で隔たれている。視界はほとんどきかないが、記憶から目の前の風景が紡ぎだせる。

 そこは懐かしく、おぞましい場所。

 静が一歩踏み出したとき、鉄格子の向こうで薄闇よりもなお昏い人影が揺らいだ。

(わかっている。これは幻影だ。呪術が見せる幻影)

 そう自分に言い聞かせても、じっとりと全身に嫌な汗が出る。

 その影の正体に怯える。


 かつて自分が求め、愛したもの。そして――見捨てたもの。


 影が、ゆらりと動いた。

 静は呪刀を抜こうとして、動きを止めた。


「あれは」


 鉄格子の向こう、揺らぐ影に懐かしい灯りがぽつりと見える。

 やがて灯りはどんどん大きくなり近付いてくる。その光が周囲を照らすほどに近付くと、揺らいでいた人影はふ、と消えた。


「雛子!」


 足早に歩み寄り、鉄格子の向こうへ叫ぶ。


 わずかな間の後。

「……静さん?」


 聞き覚えのある高い声が鉄格子の向こう側から響く。影が走り寄ってきて、小柄なシルエットがくっきりと目の前に現れた。

 鉄格子の向こうで、光る左手をかざした少女が、うれしそうに笑った。


「よかった! 無事だったんですね!」

「君こそ」

 鉄格子越しに、静は思わず雛子の手を握った。

「怪我はないか」

「はい!あたしより静さんこそ、怪我だいじょうぶですか?」

「ああ……問題ない」

 蝦蟇の舌が巻きついた怪我は、応急処置もしていないがすでに痛みはない。

「よかった……あれ?あの子たちどこ行ったんだろう」

「あの子たち?」

「途中で出会った一つ目小僧と座敷童です」


 雛子はここまでの経緯を静に話した。


「そうか。妖火が荒魂を和魂に」

「一緒にここまで来たはずなんですけど……どこに行っちゃったんだろう」


 雛子が周囲を見ようと、左手をぐるりとかざしたときだった。


 鉄格子の錠前が、硬い音を立てて外れ、床に落ちた。

「なっ……」

「雛子、鉄格子から離れろ!」


 刹那、世界が闇から光へ反転した。


「!」

 静と雛子は眩しさに思わず目をかばう。周囲が回る感覚に、雛子は立っていられずよろけて転んで――


(――柔らかい)


 顔を上げ視界に入ったのは、広い部屋だ。


 毛足の長い絨毯の上に、雛子は座っていた。その絨毯と革張りのソファセットの他には、何もない、広い部屋だ。


「鉄格子が《核》だったか、式神使い」


 静の低い声に顔を上げる。

 静はテーブルを挟んで、ソファに座る男と睨み合っていた。それは社にいた黒いスーツ姿の男だ。


 その傍のテーブルの上にある物を見て、雛子は思わず叫んだ。

「見つけた……闇灯籠!」


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