〇第十六話 やさぐれシンデレラと呪術師は罠にとびこむ


 一見、高級住宅街によくある白亜はくあの邸宅。

 しかし近付いて立派な表札ひょうさつをよく見ると、『五術師教第四支部』と彫られている。


「なんか、左手が変なんですけど」

 先ほどから、手袋をした左手がちりちりと痛む。手袋を取って、雛子はあっ、と声を上げた。

「妖火が反応している。間違いなくここだな」


 雛子の左手は相変わらず透けていた。そして、ちりちりとした痛みに呼応するように光が増していた。


「ここに闇灯籠があるのだろう。しかし……門が開かない」


 引いても押しても、黒い鉄格子てつごうしの門は硬く閉ざされている。

 静が思いつめた顔で呪刀の柄に手を掛けたので、雛子はぎょっとして、慌てててインターホンを押した。

 闇に響いた間抜まぬけた電子音に、今度は静が目をいた。


「おいっ、何をしているんだ!」

「静さんこそ、こんなところで呪刀を抜かないで! 見た目普通の日本刀ですから! 銃刀法違反で警察に通報されちゃうから!」

「そんな大きな音を立てるのもまずいだろう! 周辺住民にも気づかれてしまう!」

「大丈夫ですよ、これ、インターホンですから」

「インターホンだと?」


(あ、やっぱり)

 静は知らないのだ。


 馬で移動するほど家の敷地が広いなら、たしかにインターホンなんか役に立たないから無いのかもしれない。

 しかし、いくら大金持ちの世捨て人でもインターホンを知らないのはまずいのでは、と思ったが、ともかく説明する。


「インターホンというのはですね、家の中の人を呼ぶためのものですよ」

「呼び鈴のような物か」

「まあ、そうですね。で、これが付いているってことは監視かんしカメラも付いてるから、あたしたちの姿は向こうから丸見えなんです」

「丸見えだと? 透視とうし術か。高度な呪術だ」

「……とにかく、今さら音をたてようが立てまいがあまり関係ないです。それよりも、無理やり扉を開けたりしたらセキュリティー会社の警備員がすっ飛んできちゃって、そっちのほうが面倒です」

「セキュ……? よくわからんが騒ぎにはなりたくない」

「でしょう? だから正攻法でいきましょう。開けてもらえたらラッキーだし、開けてもらえなかったら他の方法考えた方がいいです。とにかく住宅街で刀はまずいですから!」


 雛子は斜め上に取り付けられた監視カメラ指さす。

 不吉なむしのように動くそれを静が見上げたとき、かしゃ、と乾いた金属音がした。


 そして鉄格子の門がきい、と開いた。


 雛子と静は顔を見合わせる。


「開きましたよ!」

「……ぜったいにわなだ」

「そうかもしれませんけど、開けてくれたんだから入りませんか? ここまで来たんですから」

「……たしかに、君の言う通りだな」


 静は背後に雛子をかばうようにして、中へ入った。

がしゃん、と鉄格子の閉まる音が夜闇よやみに冷たく響く。


 その途端とたん、静が顔をしかめた。


「……なんだ、この臭いは」

「臭い? 何か、臭います?」


 雛子は不思議そうな顔をしている。


(ひどい死臭だ)


 たくさんの獣や異形の死臭がする。が、それは呪術によるもので、呪力のある人間にしかこの臭いは感知できない。


 雛子はすんすんと周囲のにおいをかいで不思議そうな顔をした。


「むしろ……何も臭わないような……ほら、住宅街って生活の匂いがあるじゃないですか。夕飯の匂いとか、洗濯の匂いとか」

「そうだな。不自然なほどにそういった生活臭はない。《結界》によって、生活臭は見事に消えている。代わりに充満じゅうまんするのが……死臭だ」

「えっ、ししゅう、って、もしかして死の臭い?! 何か死んでますか?」


 雛子は周囲を見回す。モダンな照明に照らされた庭木にわき、シミ一つないタイル壁。モデルハウスのようなこの空間に犬や猫の死骸しがいでもあるのだろうか。


「そうじゃない。この家全体から臭ってくる。おそらく……」

「?」

「――まあいい。入ったからにはどちらでも同じだ。行くぞ」


 門からエントランスまで、白いタイルが敷きつめられている。静の軍靴と雛子のローファーの音だけが硬く響く。


「まったく、君の度胸には恐れ入る」


 呆れた口調だ。前を向いているので、静の表情はわからないが。

 少し無茶だったかと雛子は反省する。


「ごめんなさい」

「いや、いい」


 少し前から、静の態度が少し柔らかくなったと感じていた。少なくとも社を出る時のような、雛子を全身で疑っているような空気はない。

 これから危険な場所に行くのだ。戦う術を持たない雛子としては、静の機嫌を損ねたくない。


「怒ってます?」

「呆れてはいるが、怒ってはいない」


 以外にも、低い声には笑いが混ざっていた。


「作戦行動においては、時に思い切った決断も必要だ」


 肩越しに振り向いた静は、軽く頷いてみせる。端整な口元が少し笑んでいて、雛子はドキリとした。


(改めて見ると、綺麗な人だなあ)


 無表情だと怖いが、少し笑んだだけでこんなに甘い表情になる。

 思わず見惚みとれたのも束の間、目の前に見えた玄関に雛子は仰天ぎょうてんした。


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