〇第十四話 夜歩きカルチャーショック

 


 さっそく、スマホをあらためて静に見せた。


「これ、スマートフォンっていいます。略してスマホ。電話にもなるし、これでいろんなことが調べられる。例えば、今みたいに写真を撮ったり、ある特定の建物の場所を探すこととかができます」


 静は驚愕きょうがくの表情になった。


「こんな薄い物体が電話だと? 屋敷にあった物とも、工部省こうぶしょうで見た物ともまったく違う。それに、写真を撮れるということは写真機しゃしんきではないのか。未知の建物の場所を特定するなど、そんな呪術のようなことがどうやってできるんだ」


(すごい……屋敷って……写真機って……ボキャブラリーがレトロすぎる。大正時代マニア??)


 いろいろ考えるとこんがらがるので、とりあえず雛子は話を進める。


「……まあ、技術の進歩です。ところで静さん、どこから行きますか?」 


 雛子は『五術師教』の地図検索結果を静に見せる。

 スマホの画面に目を凝らして、静が言った。


「この二か所は……吉祥寺付近で俺が認識している五術師教支部の場所と同じだ」

「そう。この赤い印ですね。二つあるみたいですけど」


 吉祥寺支部と称される二件は駅をはさんでおり、しかもそれぞれに駅から遠い。


「確率は二分の一。可能性が高い方はどっちとか、わかりますか?」

「だから、言っただろう。左手をかざせ。妖火が反応した方へ行く」

「……道端で怪しげなパフォーマンスをする厨二病みたいで嫌なんですけど」

「ちゅうにびょう……? よくわからんが、まずはこの、西南西の方角の支部だ」


 雛子は溜息をついた。頑固がんこな静に何を言っても無駄むだのように思われた。

 仕方なく、言われた方角に左手をかざす。


「……特に変化はないですけど」

「では北東は」

「まだやるの?!」


 静がじろりと睨んできたので、胡乱うろんげににらみ返しつつ地図アプリの示す北東へ左手をかざす。


「あれっ……」


 何か、じんわりと熱い。

 あわてて手袋を取ってみると、左手の光が蛍のように明滅している。


「うそっ!!」

「言っただろう。あばうとだかちゅうにびょうだか知らんが、妖火の導きが最も効率的で正確なのだ。行くぞ」


 なぜか静はドヤ顔だ。


「わかりましたけど、やっぱり歩くんですか?」

「当たり前だろう。大した距離じゃない」

「約三キロって出てますよ……」


 北東方面にはバスも出ているし、と言おうとして、やめた。


(バスの中でド天然っぷりを発揮して、注目されてしまうに違いないわ……)


 それよりは三キロ歩いたほうが雛子の精神衛生上いいかもしれない。


 静は吉祥寺のアーケードに入っていく。

 人混みと夜の街の灯りの中、漆黒のレトロな軍服に立派な日本刀をいている姿はやはり目立つ。注目されているいたたまれない感がやはり続く。

 いつ職務質問されるかとハラハラしつつも、雛子はどこかうきうきするような高揚感に包まれていた。


 夜歩きは、初めてだった。


 叔母たちに街へ連れていってもらったことはもちろんないし、アルバイトの帰りにも夜の町は通るが、疲れて通り過ぎる街並みと今歩く街並みは、見るもの聞くものがまるで別世界のように感じる。

 外灯やイルミネーションがきらめき、どこからか甘い良い匂いが漂い、初夏の喧噪けんそうは耳に心地ここちよい。


「しかし、ここが吉祥寺とは……驚くべき発展だな」


 またもや大袈裟おおげさな言葉を呟く静に、雛子は笑う。


「吉祥寺に来たの、久しぶりなんですか?」

「――ああ。そうだな。久しぶりだな。すごく」

「あたしもです」


 会話が他愛たあいなさすぎて、思わず雛子は顔がゆるむ。


 いつもなら働いているこの時間、誰かと会話をすることはない。そもそも、学校でもアルバイト先でも、雛子に友だちはいない。他愛のない会話などしたことがない。

 黙々もくもくと学校へ行き、下校後はファーストフード店で黙々と働いて、エンプロイミールで夕飯を済ませて帰る。あの穴ぐらのような階段下へ。


(夜の町って、こんなにキラキラしているんだな)

 死にそうな現状は変わらないのに、夜の町を歩く雛子の足取りは軽かった。


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