〇第十三話 呪術師はスマホを知らない


「静さん、お願いだから立ち止まらないで!」


 雛子は周囲をきょろきょろしつつ小声で懇願こんがんするが静はまったく聞く耳持たず。

「見たことのない行き先が!」とか「常にこんなにたくさん電車が走っているのか!」とかお上りさんを通り越してタイムスリップした人間のようなことをつぶき、挙動不審きょどうふしん極まりない。


 そんな静は、長身と軍服姿もあいまって、夜のラッシュの人混みの中でかなり目立った。女性は足を止める。スマホで写真を撮る。


「もうっ、こんなところで立ち止まらないでくださいっ。ちょっとはイケメンっていう自覚持って!」


 見かねて雛子は静の手を引っぱった。


「いけめん?」

「静さんのことですっ」


 静は秀麗な眉をひそめる。


「さっき言っただろう。俺は弥勒院静みろくいんせいという」

「知ってますっ」


 大真面目な静を見て、雛子は大きく息を吐いた。


(この人、イケメンだけどド天然なんだ)


 ほんの数駅だが、電車内での人々の視線の集まりように雛子は気が気でない。


(誰かに話しかけられて、呪術が、とか妖が、とか口走ったらどうしよう)


 雛子はハラハラした。完璧なコスプレ軍服の長身イケメン。おまけに腰には日本刀。いつ警察官が来て職務質問されてもおかしくない。


(でも……なんか)


 雛子は、窓を見た。

 ラッシュの電車の窓の外は、すでに夜。


 叔母はきっとカンカンだし、左手には妖火が宿ったままで、雛子が死にそうな現状は変わっていない。


それなのに、夜の窓に映る雛子の顔は、笑っていた。

(なんか、楽しい)


◇◇◇



 なんとか無事に吉祥寺駅に降り立ち、改札を出たところで再び静が立ち止まった。


「止まらずに歩いてっ。また見られてますからっ」

「左手を上げてくれ」

「……はい?」

「妖火は、闇灯籠を感知すると言っただろう。吉祥寺支部に闇灯籠があるなら、この場所でも君の左手の妖火が導くと思われる」

「そんなアバウトな!」

「あばうと? よくわからんが、地図の無い現状、駅からの経路けいろが不明なんだぞ。妖火の導きが一番効率的だ」

「いや、それぜったい効率悪いですよね」


 雛子はスマホを出して、地図アプリで「五術師教 支部」と検索する。瞬時に地図上に、五術師教の支部のある地点が示された。


「な、なんだ、これは!」


 静が雛子の手からスマホをつまみ上げた。持ち上げて、いろいろな角度から真剣に観察している。

 その驚愕の表情に、雛子はまさかと思いつつ聞いてみる。


「……まさか、スマホ知らない、とか?」


 綺麗な顔が不機嫌そうに眉根を寄せた。


「嘘でしょ?!」

「知らないと何か問題があるのか」


 大ありだ、と思ったが、これ以上ツッコんで刀を抜かれても困るので黙っておく。


(この人……呪術師とか大富豪とか以前の問題とかだったりして)


 東京には、旧大日本帝国だいにっぽんていこく時代の軍人をまつった神社や墓が多くあり、その霊が今も都会を彷徨さまよい歩く、という都市伝説もあるという。


 雛子は静の隣に並んで、スマホを掲げた。


「静さん、こっち向いて!」


 自撮りアングルで写真を撮り、確認する。

 そこには間抜けな自分の顔と、不機嫌気なイケメンがちゃんと写っている。


「今のはなんだ? 呪文か? 何をした? なんだこれは……俺と君が写っているぞ!」


 静はスマホを穴の開くほど見て驚いている。


(幽霊なら写らないはずだよね)


 さっきからの不可解ふかかいな出来事も静の存在も、雛子だけに見える怪奇現象でも夢でもなく、間違いなく現実である、というあかしだ。雛子はホッと胸をなでおろす。


(てことはじゃあ……この人、正真正銘、俗世ぞくせからいろんな意味で隔絶かくぜつされた、天然不思議クンってことか!)


 二十一世紀の今、この国にもいろんな人がいる。軍服を着るのが趣味な人もいれば、スマホを知らない人だっているのかもしれない。大富豪は日常的に馬に乗り、切符など買ったこともないのかもしれない。雛子が知らないだけで。


(そういうことなら、知らないことを教えてあげればいいんだ)

 そういうふうに割り切ってしまうと、特に気にもならなくなった。

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