鳥の章 ~籠の鳥は放たれて闇へ向かう

〇第十二話 住む世界の違う人


 鳥居をくぐると、すっかり日は暮れていた。

 そして目の前は、駅前へとびる商店街の入り口だった。


「え?! ここ駅前じゃん? なんで??」


 鳥居に入ったときは住宅街の中だったはずだ。


 振り返るとくぐった鳥居は跡形あとかたもなく消えている。そこには、小さな雑居ざっきょビルと商店にはさまれた路地ろじがあるだけだ。


「どうなってるんですか?! なんで住宅街から商店街に?!」

「結界の中の社は、その場所にあって、その場所ではない所に存在する」

「はあ……」


 わかったような、わからないような。


「ちなみに、結界から外に出る時は出たい場所へ出られる」

「出たい場所って……ここ駅前ですけど」


 静は雛子を横目で見ただけで、商店街を駅前へと進んでいく。


「弥勒院さん、待って!」

「静でいい」

「静さん、どこ行くんですか」

「五術師教の支部だ」

「えっ」

「君は何も感知していないのだろう?」


 静が雛子の左手を見て言う。手袋の効果で光は隠されている。


「ええ、はい、そうですね」


 雛子は左手を握ったり開いたりしてみた。特にこれといった変化はない。


妖火ようかは通常、灯籠とうろうのある場所に戻りたがるものだが、今の妖火は君という存在を通過するため、どれくらいの反応力があるのかわからない。しかし教団へ行けば必ず教祖の居場所について何らかの手がかりが得られるだろう。時間の無い今、ここから最も近い支部へ行くのが妥当だ」

「確かにそうですね」


 妖火の反応力という非科学的で不確かなものをあてにするより、よほどいい。


「で、どこにあるんですか、一番近い支部って」

「ここから最も近いのは、おそらく吉祥寺の支部だ」


 すでに商店街を抜け、駅前に来ていた。しかし、静は線路沿いの道へと入って行こうとしている。嫌な予感がする。


「待って!」


 静が立ち止まった。


「結界? の中を通れば、好きな場所に出られるんでしょ? だったらそこから行けばいいんじゃあ……」

「さっきも言ったが、俺は呪力を封じられた。結界の中で呪符を貼られたから辛うじて出るだけはできたが、入ることはできない」

「そんな! あっ、妖火は? 妖火で結界、見つけられないですか?」

「むちゃくちゃなことを言うな。妖火は妖がつどうための光であって、結界には反応しない」


 雛子は自然と顔が引きつった。


「まさかと思うけど、吉祥寺まで歩くんですか?」

 静は端整な顔をかしげた。

「何か問題があるのか」


(やっぱり!!)


「本気ですか?! ここ、国分寺ですよ?! どういう距離感してんですか?! 国分寺から吉祥寺まで歩くとか、有りえませんよ!!」

「言っただろう。俺は今、呪力を封じられている。よって呪術による空間移動ができない」

「だからって国分寺から吉祥寺まで徒歩は無いです!」

「線路沿いに歩けば速かろう。だから駅に来たのだが」

「だからどういう距離感――」

「……俺は現金を持っていない」

「へ?」

「徒歩でなければ電車だろう。俺は切符きっぷを買えない」


 気まずそうに目をらした静を、雛子はまじまじと見つめた。


 ああそうか、と雛子は理解した。

 この人、切符買うお金貸して、とかぜったいに言えないタイプだ。


(なんか常に上から目線っぽいもんね。だから人に頼みごととかできないんだろうな。不器用なんだ)


 そう思ったらなんだか気が抜けた。


「なんだ、そんなことですか」

「そんなこととはなんだ」


 ムッとした静に、雛子は笑った。


「大丈夫です。切符はあたしが買いますから。さ、駅へ行きましょう」

「なっ、おいっ勝手に決めるな! ちょっと待て!」


 雛子は切符売り場へ走り、Suicaで大人一人分の切符を買って、静に渡す。

 ピンク色のその紙片を、まるで遺跡から発掘した秘宝のように静は手のひらの上に載せて観察した。


「これが切符か?」

「切符、見たことないんですか?」


 普段、SuicaやPASMOを使っていれば、確かに切符は見たことないのかもしれない。

 静はピンク色の切符をまだじっと観察している。


「通常の移動は呪術じゅじゅつを使うのでなければ、馬だった。もしくは自動車」

「馬?!」


 馬というのはとてもお金のかかる動物で、大富豪だいふごうしか持てないと聞いたことがある。

(それ以外は呪術か自動車って……公共の交通機関は使わないってことじゃない?!)


 呪術やあやかしが出てきた時点で、住む世界が違う人なのだと思ったが……極めつけは馬。

 さらに別の意味で、住む世界が違う人なのだろうと雛子は思った。



 そんなふうに思考が混乱している雛子だったが、静もまた混乱していた。



「君は見た目によらず、裕福なのだな」

「へ?」


 なにやら失礼なことを言われたような気がするが、静はふざけているようには見えない。むしろ神妙しんみょうな面持ちだ。


「海軍の下級兵士のような姿なのに、二人分の切符を二つ返事で買えるとは」

「海軍……? いやあたしただの高校生ですし、決して裕福ではないですけど、吉祥寺までの切符買うくらいはできますよ」

「ともかく、礼を言う。切符代は後日返すので、のちほど値段を教えてほしい」


 いや値段は切符に書いてありますけどね、とツッコもうとしてぎょっとした。

 いつの間にか自動改札を通った静が電光掲示板でんこうけいじばんを見上げている様子に、


「ねえ、あれ、芸能人?」

「いや、一般人でしょ」

「すごいイケメン」

「軍服? コスプレ? モデルかも」

「レプリカの日本刀まで持ってる!超完璧なコスプレじゃない?」


 道行く女性たちが口々に話し、スマホで写真を撮っているのを見つけたからだ。

 雛子は慌てて静の背中を押してホームへ急いだ。


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