〇第十話 リアルなオカルト


 せい雛子ひなこやしろを出て、参道を歩いていた。


 さっきは誰もいないことを不思議に思ったが、今ならわかる。誰もいないはずだ。だってここは、普通の世界ではない。隣を歩く青年が作り出した『結界』の中なのだから。


 時刻も連動しているのだろうか、木々の間から見える空は、すでに夜色。もともと薄暗かった参道は、さらに暗い。参道に沿ってならぶ石灯籠にはやはり火が入っていなかった。


 それでもなんとか自分の周囲だけでも確認できるのは、手袋を外した左手が懐中電灯の役割を果たしているからだ。


(でもやっぱり暗い)


 すでに、手にじっとり汗をかいていた。

 社を出てからずっと迷っていた。


 気を紛らわせるために話しかけるか、耐えて精神をすり減らすか。


 結局、雛子は隣の青年を数秒見上げ、思い切って話しかけた。


「聞いてもいいですか」

「なんだ」

「聞きたいこと満載まんさいなんですが」

手短てみじかに頼む」


(どこをどう手短にすればいいのよ)


 もちろん口には出さないツッコミだ。

 雛子は少し考え、さっきから目の前で起きている超常現象とでもいうべきいろいろに関して聞くことにした。


「じゃあ……まず、闇灯籠とうろうを持ち去った人以外、あの場にいた人たち、貴方あなたられて消えましたよね? どういうことなんでしょうか。そもそもなぜ、あなたも日本刀なんか持ち歩いているんですか?」


 少しの沈黙ちんもくのち


「これは、呪刀じゅとうという」

 刀のつかにぎって静が言った。


「呪刀?」

のろいでしばってある刀だ。普通の日本刀のような殺傷力はない。こんなふうに」


 静は、右手で鯉口こいくちを少し切って、刀身とうしんに左手の親指を強く押し付けた。


「なにしてるんですか!!」


 雛子はぎょっとして、思わず静の左手を刀身から引きはがす。


心配無用しんぱいむようだ。斬れはしない」


 静の指には傷一つついていない。押し付けた部分が少し赤いだけだ。

 雛子はホッとすると同時にあわてて握っていた大きな手を離す。


「呪いでしばった刀は、滅したいとおのれが願った相手しか斬れない。願ってない相手には、ただのぼうだ。この呪刀がしん威力いりょく発揮はっきするのは、呪いの契約主けいやくしゅが願う時のみ。無用むよう殺傷さっしょうはしない。だから心配ない」

「だからあの人たちは血の一滴いってきも出なくて、砂みたいに消えてしまったんですか?」

「それもあるが、あれは式神しきがみだったからな」


 静の言葉に、雛子はきょとん、とする。


「式神って、陰陽師が使役するっていう」


 昔、アニメだか映画だかで見たことがある。平安時代に活躍した陰陽師が呪術や式神を使って妖と闘っていた。

 静は軽くうなずく。


「五術師教の幹部は古より伝えられてきた呪術を操る。陰陽道、密教呪法みっきょうじゅほう神道呪法しんとうじゅほう修験道呪法しゅげんどうじゅほう道教系呪法どうきょうけいじゅほう。これらのうち一つ、ないしは二つを使える者が多い」


 なんだかオカルトな話だ。しかし雛子の目の前で起きたことはすべて現実で、ならば呪術やあやかしというものの存在を信じざるを得ない。


「さっきの男は、式神を自在に操っていた。間違いなく幹部の人間だ」

「そういえば、どうして五術師教の教祖はあの闇灯籠――というか、妖火を欲しがっているんんですか? 妖火って、妖が集まってくるんでしょう? わざわざそんな厄介やっかいなものを欲しがらなくても」

「正確に言えば、五術師教の教祖は妖火そのものではなく、妖の肉を欲している」


 静はことげに言ったが、雛子はぎょっとした。


「妖の肉?! それってもしかして、た、食べるの?」

「普通の人間が食べたら即死だ。呪力のある人間が食べれば、その者の持つ呪力に見合った妖と同じ妖力、体力を得られる」

「つまり、五術師教の教祖は……妖を食べるために、妖火を奪って妖を集めようとしている、ってことですか?」

「簡単に言ってしまえばそういうことだ」

「信じられない」


 雛子はぶるぶると首を振った。あまり深く考えたくない。


現世げんせい幽世かくりよ境界きょうかいやみに存在する妖は、みずからヒトの領域に入ることはないが、黄昏時たそがれどき、ほんの気まぐれで境界の闇から現世に顔を出すことがある」


 神隠し、口裂くちさけ女。そんな都市伝説が雛子の脳裏に浮かぶ。


「五術師教の教祖は、これまではそういう妖を捕えて喰っていたのだろう。しかし、明治、大正期に妖は大量に狩られたのに加え、文明の発達と共に境界の闇が激減したため、現在では急激に数を減らしている。現世の妖は、こごった怨念おんねんによって生まれたかすみのような妖で、肉を持たないものが多い。五術師教の教祖はよほどあせっているらしいな。《最後の妖火》を使って肉を持つ妖を集めたいとは」

「はあ」


 気を紛らわせるために話しかけたのだが、そんなサバイバルな食糧事情みたいなことを聞いてしまい、雛子はただただうなずくしかない。


「ところで、俺もひとつ君に聞きたいことがあるんだが」

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