〇第八話 やさぐれシンデレラと呪術師の共同戦線


「そんな……!」


 早く夕飯の買い物をして帰らなくては、叔母に何を言われるかわからない。


「あたし……あたし、とりあえず今日は帰ります。お話はまた今度――」

「そんな時間はない。このままでは三日とたないうちに、君は死ぬぞ」


 死ぬ――?

 鈍器どんきで頭をなぐられたような衝撃が、雛子ひなこおそった。


「どういうことですか」


 死。それは予想もしていなかった言葉だ。


「火が蠟芯ろうしんを燃やし尽くすように、君の存在が妖火ようかしょくされる」


 荒唐無稽こうとうむけいなダークファンタジー。にわかには信じがたい。笑いさえこみあげてくる。


「ば、バカみたい。そんなことあるわけない――」

「現に、もうしょくされ始めている」


 青年がけわしく目を細めた。

「え……?」


 とっさに見ると、発光した左手は羽化うかしたてのせみの羽のように白くけている。


「嘘っ、なにこれ!」


 さっきまでは光っていただけだったのに。かざした左手の向こう側に青年の険しい顔が透けて見えた。


「放っておけばその蝕化しょくかは全身に広がり、やがて君の魂は妖火とともに幽世かくりよへ渡ることになる。すなわち、君は死ぬ」

「そんな!!」


 雛子は左手をこすったり振ったりした。が、光りは消えない。


「うそうそやだっ、なんなのこれっ」


 雛子は半泣きだ。しかし青年はそんな雛子の様子にはおかまいなしに話を続ける。


「妖火が消えれば、妖は本性ほんしょう荒魂あらみたまきだしにする。妖が荒れると自然の気脈が乱れて、災害が起こる。現世の人間に負の影響を及ぼし、人が殺し合う。最悪、再び戦争が起きる」


 この二十一世紀の日本で殺し合いとか戦争とか、何を言っているのだろうと雛子は思うが、青年の様子には嘘とかハッタリとか誇大妄想こだいもうそうとか、そういった要素が微塵みじんも感じられない。


「妖火が無くては、ヒトだけでなく妖も困る。この国に生き残っている妖が行き場を失うことになる。俺は《最後の妖火》の《守り人》として、妖火が失われることをなんとしてでも防がなくてはならない」


 青年は雛子を見据みすえる。あまりにも強いその視線に雛子はたじろぐ。


「あ、あたしには関係ないです、そんなこと」

「君は死にたくないだろう? 俺と君は利害が一致している。だから闇灯籠やみとうろう奪還に協力しろ。妖火を持つ君が行動を共にしなくては、闇灯籠奪還に支障をきたす」


 今度は雛子が青年を睨み上げた。

 青年の言うことは荒唐無稽こうとうむけいだが理路整然としている。だからこそ腹が立った。そして、雛子の生死を淡々と話す青年の態度にも。


「冷静に命令しないでください!」

「命令じゃない。事実を話し、利害りがい一致いっちを確認し、協力を要請しただけだ」

「……!」


 その通りなので言い返せない。


 早く帰らなくては叔母をさらに怒らせる。その先に待っているのは、シンデレラも真っ青の過酷かこくな罰や暴力だ。


 けれども自分は今、死地しちに立たされている。

 となると、選ぶべきは決まっているではないか。


 選ばなくては、生き延びることができない。


(生き延びなければ、お母さんとの約束は果たせない)


 死ぬのは怖くない。地獄じごくに生き、この先も地獄から抜け出せないことが確定している雛子にとって、死は甘美かんびにすら思える。


(だけど、あたしは)


――猫を飼う。


 その母との約束を、何としてでもかなえたかった。

 叔母の家の階段の下で、どんなに暑いときも寒いときも、ひもじくても、今までそのために耐えて頑張ってきたのだから。


「……わかりました。その闇灯籠とかいう物を、探します」


 声が震えているのは泣いているからではない。腹の底から突き上げてくる激しく熱いものが、雛子の声を震わせる。

 青年はそんな雛子を睥睨へいげいしていたが、


「了解した」


 頷くと、ぐったりしたままの猫鬼びょうきを抱き上げ、社殿しゃでんの奥へ歩いていく。

 雛子は手を握りしめ、青年の後ろから続いた。


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