天地万物を治める皇帝
元……、いいかげん長くなるから、もうムンゴル参謀でいいか。
ムンゴル帝国の参謀こと、私ネコマは、ムンゴルが攻め落とし、その後統治を始めた、ペーランドを見て回っている。
ワリシャワは東西の文化の合流地点であり、その建物は独特のものだった。
特に顕著なのが屋根の形だ。ペーランドは降雪量が多いので、尖ったシルエットを描いている。その軒先には、いくつもの干し首が、まるで柿か何かの果物を干すようにぶら下げてある。
あの家の中に住んでいるのはムンゴル人ではなく、ムンゴルに帰順した国の者だろうな。ムンゴルはテントで生活するのを、文化として誇りに思っているから、こういった家に住んだりはしない。
かつての住人は何処に行ったのか?それは私が今から行く場所に答えがある。
――市場。まさに余すところなく使っているという感じだな。
ムンゴルの気質を一言で表せば、合理性の塊だ。
使えると判断すれば、私のような敵国人ですら使う。
職人、学者、軍人、では、そこからあぶれた者たちは?
それならそれで、問題はない。そうヒトそのものでさえつかえる。
肉はもちろん、骨、腱、髪の毛の一本まで無駄がない。
さすがのオーマでもここまではしていない、と思う。だぶん。
作業台の上に並べられたものたち。とん、と鉄板のような包丁でバラバラに部位を切り落とされ、文字通り、腑分けされていく。
ペーランドの民は今や馬や羊と同じく、資源管理されるものとなった。
そしてこれを支えるのが、ムンゴルの情報処理能力だ。
ムンゴルの諜報網と警察力。これは本当にすごいものだ。
チンガス・ハン迄つながった目と耳が、街のいたるところに潜んでいる。
反乱の計画など立てようものなら、次の日にはケシクと呼ばれる精鋭騎兵たちがやってきて、まるで人さらいの様にすべてを掻っ攫っていってしまう。
恐怖と警察組織による統治。そしてそれを裏打ちしているのが、感情が一切存在しない、あまりにも無慈悲な合理性だ。
次の日には、本人を含めた家財道具まるごとが、市場に並ぶ。
ムンゴルの統治とは、そういった具合だ。
市場を眺めると、オーマでは決して見ることのなかった、遠い異国の者が並んでいる。イギニスの
ムンゴル人が、この帝国という国体でやっていることは単純だ。
人と人、その人の持つ知識や情報を、馬という移動手段で繋げている。
ぶっちゃけると、これだけだ。
ムンゴル人にはもちろん、素晴らしい軍人はいるが、学者や職人と言うと、そう抜きんでた者はいない。異国人や征服された異民族の者がゴロゴロしている。
本来は彼らは異なる言語、考えを持って居たが、今この世界で使われている共通語という存在。これが交わることのなかった彼らをつなげた。
これを広めたのが、ムンゴルであり、ケシク達だ。
共通語はいまや文字通り、世界どこに行っても通じる言語となっている。
さて、ケシクたちは東西南北をはしり回って、ムンゴル帝国にとって有益と見なせすものを片っ端から誘拐し、ムンゴルに取り入れる。
そしてそれらは、いくつもの選別を経て、ケシクという結節点を通して、終点へ向かう。つまり、ムンゴル皇帝、チンガス・ハンだ。
居ずにして見、聞く。まさに神にも等しい力。天地万物を治める皇帝だ。
彼は自身の居る天幕から動かなくても、ムンゴルのすべてを動かせる。
そして彼が一日にして知る事は、この世界の農民が一生で知ることの、何倍、何万倍にもなるだろう。ムンゴルの力の源、本質は、世界最大の騎兵隊でも、ましてやその苛烈な統治でもない。
――人と人の持つもの。それを片っ端からつなげていくことだ。
私は街の視察を終えた後、ケシクらに、チンガスの居る天幕にへと要請された。
「参謀のネコマにございます」
私は市場で買った、串国でつくられたという、鳥の羽根でつくられた扇子で、口元を隠し、手短に挨拶をすませる。
「うむ、早速だが、機人についての件だ。奴が拠点にしているという、ポトポトと言う村。潜入させたドワーフ達から、このような書簡が届いた」
「ほう、早速報告がありましたか。」
これはムンゴルの常とう手段だ。商人や職人を送り込んで、情報を探らせる。
きっと機人の状況や、なにか有益な情報がもたらされているだろう。
私は書簡を開いて、たった一行のそれを読み上げた。
『退職届――ローニィ一家は、ムンゴル帝国で職人やるの、辞めますわ。』
――あれーぇ……?
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