17.商談成立〜晨光side

『……私の好きに後宮で過ごして良い、と?』

『ええ。ただし一つ忠告を。貴女は餌。最大限安全には配慮しますが、安全を保証はできません』


 だから真実を告げてやる。もし嫌だと言われたら……いや、この小娘は逃してはならない。何としても貴妃にする。


『なるほど。つまり自分で好きに身を守る分には良い、と?』

『ええ。それも含めて、好きに過ごしなさい』


 もちろん死なせるつもりはない。ないのだが……後宮は謀りに満ちている。元凶はもちろん、皇帝の皇貴妃に向ける一途な愛。


 とはいえ、いつまでも後宮で起きる謀り事を許すわけにもいかない。その為に犠牲が必要なのだ。


『なるほど。しかし私が損をするだけでは?』

『名誉が得られます』

『魅力に欠けます。そもそも名誉でお腹は膨れません。餌を投げ入れる目的は何でしょう?』

『時間稼ぎですよ』


 小娘に貴妃となる事を納得させる必要がある。そう判断して、真実を一つ告げる。


『なるほど……』


 小娘はしばし私の顔色を窺い、やがて面倒そうなため息を一つ吐く。


 この小娘は礼儀作法はともかく、頭の回転は早い。そして間違いなく一流の情報収集力と行動力、ついでに度胸もある。


 私の言葉から、どれ程の真実を導き出すだろうかと興味が湧く。


『貴方様が求めるのは、フー伯家嫡女の後宮入りでしょうか? それとも胡滴雫フー ディーシャ個人でしょうか? 私はどちらでもかまいませんよ?』

『貴女個人とする方が、何かと良さそうですね』

『ならば細かな契約書を作成し、交わす事になりますね。それからもう一つ。丞相が望むのは目先の利益でしょうか? それとも……そうですね。十年後の莫大な繁栄でしょうか?』

の十年後の莫大な繁栄です』


 私が望むのは幼馴染が皇帝として末永くこの国を統治し、繁栄させていく事だ。できるなら幼馴染が愛する皇貴妃にも、その隣で女人として栄華を、と思わない訳ではないが……。


『損はどの程度許容されますか?』

『私の首で許容される事ならば』


 私の直感はこの小娘に賭けろと告げている。


 何より小娘の望みを無視して、僅か十四歳の命を賭けさせるのだ。己の首くらい賭けるべきだと思わされた。


『では、そのような契約書と致しましょう。五日後、再びこちらへ参られませ。そして最低三日は滞在いただければ幸いです』

『暇ではないのですが?』


 随分と簡単に言ってくれる。流石にそれにはムッとする。仮にも丞相なのだが?


『では、そのようになさいませ。強要は致しません。私には、そちらの方がお得です。それではとうぞ、お帰りを。小雪シャオシュエ


 奥に向かって小娘が声をかければ、侍女らしき者の返事が聞こえた。どうやら本気で切り上げるらしい。


『なかなか良い性格をされていますね』

『義も得も信もない方に深追いしても致し方ありません。お帰り……』

『たまにはゆっくり休養も必要でしょう。三日ほど滞在致します』

『ひとまずは商談成立ですね。どうぞ、これからもよしなに』


 そう言って、後宮の貴妃にも劣らぬ美しい所作で礼を取る。できるんじゃないか。


『本当に、良い性格をされてますね』

『ありがとう存じます。それでは、また』


 優美に微笑み、しかしその瞳は全く笑っていなかったのは見なかった事にした。


「入るぞ」


 物思いにふけっていれば、随分と不貞腐れた声と態度で入ってきた。


 丞相である私にそんな事をして許されるのは、当然の事ながら私の幼馴染にして、我が帝国の皇帝だ。


 しかしそんな不遜な言動も、今は愉快でしかない。思わずクスリと笑ってしまう。


 早速小娘の洗礼を受けたらしい。期待通りだ。


「会われましたか」

「何なのだ、あのやり手娘は」

「何の事でしょう?」

「チッ、嬉しそうにしおって。それで、契約って何だ。いや、まずはあの小娘に関する全ての書類を確認する」

「やれやれ。貴方は仕事はできるのです。最初からそうしていれば良かったんですよ?」


 そう、この幼馴染は仕事はできるのだ。


 しか後宮に関してだけは、玉翠ユースイ皇貴妃の事以外、全く関わろうとしなかった。


 そのツケを誰が払ってきたのか知りもせずに。


「うるさい。ユー以外の女を斡旋しようとするから、そうなるんだ」

「はぁ。来ると思ってまとめて貴方の机に置いていますから、出て行って下さい。私はこれからお茶を飲んで一服するんです」

「お、おい……」


 反論など無視して、私とそう変わらない広さの背中を押して追い出す。


「貴女の淹れたお茶よりは、劣るんですけどね」


 小娘に貰った茶をすすりながら、独り言ちる。


 小娘の指定した三日の滞在中に茶の淹れ方も含めて、小娘の礼儀作法は私が見た誰よりも完璧であると思い知らされた。

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