第5話

 さて、ポスター作戦もひと段落した頃。

 私たち生徒会はいよいよ作戦第二弾に乗り出した。屋上に繋がる階段や、体育倉庫、いわゆる「不良の溜まり場」的なところを巡回するのだ。

 しかしやるのは巡回だけ。声掛け運動をしたり、不良行為を取り締まったりはしない。ただ周辺を歩く、それだけ。

 狙いはあった。他人の目があると悪いことには及びづらいものだ。大事なのはいじめそのものをなくすことよりもいじめが起こり得る環境をなくしていくこと。

 効果はあった。数字で取っていないから明確にはできないが、少なくとも目に見える形でごみは減った。環境が整えば人の心も整う。

 先生に褒められるようになったのもこの頃からだ。「恋本、頑張ってるな」。そう言われることが増えた。その度に私は深々と頭を下げることにしていた。表情を隠すこともできるし、真摯な姿勢も示せるし、頭を下げるのはいいことだらけだった。


 その噂を聞いたのは、そんな見回り活動もある程度単純化してきて、生徒会全員ではなく一人一人その日の係を決めて回るようになった、ある日のことだった。その時は私が見回りの担当だった。いつもどおり、学校裏手の昇降口、グラウンドの女子トイレ、体育館倉庫の裏手、そして屋上に繋がる階段三カ所のうち二カ所を巡回し、残すはひとつ、南棟の屋上に繋がる階段だけだ、となった段で、それは聞こえてきた。


 ――やばいよ。ぜったいやばい。

 ――ビビんなよ。逆にぶっ飛ばしてやろうぜ。

 ――あれを? 無理だよ……。

 ――それに、さ。

 ――何。

 ――気持ち、悪い。


「ちょっと」

 私は声を飛ばした。階段途中。まだ上の階に誰がいるかは分からない。だが人の気配はある。

「ちょっと」

 二回目の声を飛ばす。すると、人の気配に変化があった。ゆっくりと、三人の女子生徒が姿を現した。

 三人一様にスカートの下にジャージを履いている。上履きの色は私と同じだった。逆光だったからすぐには分からなかったが顔にも見覚えがあった。隣のクラスの一軍女子。確か合阪さん、赤須さん、昼川さん。

 分かりやすく舌打ちをして階段を下りていく三人。私は彼女たちをじっと見つめていた。気を付けて、睨むのではなく、見つめる。

 三人が何を話しているのかは分からなかった。だが、あの目、あの声、そして話の内容……「気持ち悪い」と言っていた。あれが誰かを非難する言葉じゃなければいいのだが。まぁ、そうは思っても、仕方がないのかもしれない。いじめは起こる時には起こる。



 とはいえ、私にはひとつ、気がかりなことがあった。過去に同じクラスの男子を自殺で失いかけた人間として、あの不良三人組がもし、水堂さんの死に関係しているのだとしたら、少し話を聞いてみたいという気持ちがあった。どうしてあんなことになったのか、ああなってしまってどう思っているのか、今どんな気持ちか。

 別にカウンセラーになったつもりはない。ご立派な説教を垂れるつもりもない。ただ、私は心配しているのだ。いじめをした彼女たち。その結果死んでしまった水堂さん。クラスの中で、次のいじめのターゲットは、となった時に、明らかにやり過ぎた彼女たち三人が標的になる可能性はとても大きかったからだ。生徒会長としていじめの撲滅を謳っている今、例え因果応報とはいえ、次のいじめの発生は防ぎたい気持ちがあった。だってそれが実績に繋がり、そうして積まれた実績は私が高校受験で面接試験を受けた時に示せる材料になるからだ。そのためには、あの三人……合阪、赤須、昼川に注目しておく必要があった。現に彼女たちは同じクラスの女子たちと話をするわけでもなく三人でまとまって行動しているみたいだし、ある意味では孤立していた。まぁ、真の孤立は、あの三人の中の誰かが他の誰かを売るなりして身を守り、結果三人の中の誰か一人がいじめのターゲットにされたことを指すのだろうが。

 定期巡回を兼ねて、私は三人のことを意識するようになった。案の定彼女たちはどんどん孤立していっているようで、彼女たちと同じクラスの女子に話を聞いても何だか要領を得ないような、ふにゃふにゃした話しか返ってこなかった。

 私があまりに彼女たちをつけ回すからだろう。

 次第に彼女たちは学校で集まるのを諦めたようだった。赤須さんは学校をサボりがちになり、合阪さんは持ち込み禁止のスマートフォンを学校にいる間中ずっといじり続け、昼川さんは机に突っ伏して眠り続ける、そんな毎日を送り始めた。

 だが彼女たちが学校の外で集まっているのは知っていた。

 放課後、合阪と昼川の二人は示し合わせたように一緒に帰るし、それも決まって学校裏手の森の方、人気ひとけのない場所を狙って集まっている。赤須さんらしきジャージ姿の女子も見かけた。学校の音楽室からその様子は手に取るように分かった。私は巡回がてら、決まった時間に彼女たちの行動を観察していた。

 そしてそれは、ある日全校集会があった時、珍しく三人が学校に集まった時に聞いた。彼女たちはこう話していた。


 ――やばい。やばいやばい。

 ――落ち着きなよ。

 ――絶対目をつけられた。

 ――目をつけられたって?

 ――知らねーよ。でも何か……。

 ――何か?

 ――黒い女に、つけ回されんだよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る