第4話
生徒会選挙は問題なく進行した。会計、副会長と選ばれて行って、やがて生徒会長選挙。私は自信があった。ライバルは選挙前のポスターからして大したことがなかった。きっと部活に勉強に、追われながら片手間にやったのだろう。内申点狙いであることも見え見えだったし、推薦者も適当に選ばれたのか応援スピーチにも勢いがなかった。その点私は、クラスでも一番仲がいい三隅ちゃんにお願いしている。彼女の応援スピーチはなかなかだった。さすが、弁論大会に出ているだけある。
怪我した指、友達からはそれを心配されたけれど、何ということはなかった。確かに時々ずきずきと痛むがその程度。全校生徒の前に立つとその痛みもなくなった。私は最終演説をした。テーマはやはり、学校を蝕むいじめという問題についてだ。
「いじめはある日突然やってきて、その生徒の全てを奪います」
それは本で読んだ内容だった。
「『いじめなんて、受けた人の方が悪い』。これは一部正しいですが全部が全部正しいわけではありません。例えば、家に戸締りをしない人が泥棒にあったとしたら、それは当人の自己責任でしょう。『いじめられた人の方が悪い』という理論はそういう意味では頷けます。ですが、戸締りをしていても泥棒にあった、これはその人の責任ではない。もっと言えば、そもそも泥棒をする人が悪いのであって、被害に遭った人が責められる義理ではない」
私のスピーチは熱を持った。その温度は聴衆にも伝わった。
「私は、皆さんの心のドアを守ろうと宣言しているのです。いじめという犯罪に遭わないよう、戸締りを、防犯を、セキュリティを。そういうメッセージを送って、本演説を終了したいと思います」
やった……。
狙った通りの時間で終わった。何度も鏡の前で練習しただけあった。きっと上手くいった……! 私は確かな手ごたえを感じていた。そうして、そう、結果はすぐに返ってきた。
その日の昼休み。投票の結果が出た。私はライバルに大差をつけて当選した。この日、御滝中学校生徒会長、恋本芙蓉が誕生した。
*
いじめを撲滅する活動の第一弾は、やはりポスターの貼り出しからだった。いきなり「誰も仲間外れにしないようにしましょう」とか、「先生にすぐに相談できる環境を作りましょう」だなんて大きなことを言っても受け入れられないことは目に見えていた。まずは簡単なことから。目に入るものから変えていく。そんな戦略だった。
私がいじめに対して思うところあるのには理由がある。
それは小学生の頃、起こった。
同じクラスの
その後いじめが発覚した。彼はクラスの女子から執拗にいじめに遭っていて、私はそれを知らなかった。
実を言うと少し前に彼から「恋本さんが好きです」告白を受けており、当時から地味で何を考えているか分からない彼を私は拒絶してしまったのだが……彼がそういう運命を辿ろうとしていると分かると何だか怖かった。後少しで、私は彼の……。
いや、正直なところ、手遅れな感はあった。
一部の男子が知っていたのだ。恋本は先崎に告白されていた。恋本がふったから先崎は死ぬことにしたんだ。
根も葉もないうわさだった。私の友達はみんな庇ってくれた。だがそれをきっかけに教室の中で男子と女子に溝ができた。結局、卒業するまでその溝は埋まらなかった。
その後、先崎くんはいじめを理由に学区の違う中学校に進学することが決まった。それはまるで呪いのようだった。学校生活が送れなくなる呪い。永遠につきまとう、影のような、暗闇のような。
私は中学一年の秋に引っ越すことになって、彼がいた土地からはもう遠く離れてしまったのだが、その思い出だけが妙に鮮明に、心の底に残っていた。
御滝中学校のそこかしこにポスターを貼りながら思う。
あんな思いは、二度としない。
*
生徒会室のデスクに着き、まず思ったことは手狭だなということだった。不要な棚や書類入れなんかが雑多に置かれていて歩くのもやっとだ。一週間ほど時間をとって、それから先生に許可を得て、棚の処分を始めた。学校のゴミ捨て場にビルが乱立したような光景が広がったが、おかげで生徒会室は随分広くなった。処分した棚から吐き出された書類を整理しながら、生徒会会計の
「うわー、またいじめ撲滅のポスターが出てきた。いつの時代も言うことは一緒みたいねー」
西本ちゃんがうんざりした声を出した。
「今度はいつの?」
薬井くんが訊くと西本ちゃんが答えた。
「二十年前? このポスター書いた人もう三十五歳とかだよ」
「ひえーっ、すげー」
「どんなこと言ってる?」
私が訊くと西本ちゃんは手元を見せてきた。
「『そのいじめ、あなたがきっかけかも?』だとか、『いじめは巡り巡って自分に返ってきます』だとか……あー、これひどいなぁ。『何かあったら先生や友達に相談しましょう』。それができたら……」
「苦労ないよなぁ」
薬井くんがまとまった書類をビニール紐で縛りながらつぶやく。
「そもそも友達がいない人だっているんだし。そしてそういう人がいじめに遭ったりするんだし」
「ほんとそれ」
私も腰に手を当てる。
「二十年前と言ってること変わらないかもしれないけど、私たちは私たちのやり方を示そう」
「そうだね」西本ちゃんが頷く。
「少なくとも、芙蓉ちゃんの方針、間違ってないと思うよ」
「ポスター大量に書く方も大変だけどなぁ」
「私だって書いてるんだから」
私がムッとした顔を向けると薬井くんが笑った。
「悪かったって。こういう空気読めないこと言うといじめられる?」
今度は西本ちゃんがたしなめた。
「いじめは防犯意識」
「分かってるよ」
薬井くんはビニールひもでまとめた書類を担ぎ上げた。
「捨ててくる。もう少しで終わりそう?」
「ありがと。重たいもの持ってくれるの助かる」
「お安い御用さ」
そうして生徒会室を去っていく薬井くん。彼がいなくなった後、彼が作業していたスペースに一山、捨てられていない書類があることに気づいた。随分古い、黄ばんだぼろぼろの紙で、何だか呪文でも書いてありそうな、古ぼけた書類だった。
「あー」西本ちゃんが笑った。
「薬井くん、こういうの好きだから」
「こういうの?」
「日付、見てみて」
言われるままに書類の上部にある文字列を読んだ。一九九二年六月。三十年以上前の、学校新聞のようだった。
「『御滝中学オカルト特集』。薬井くん好きそう」
「まぁた?」
私は荒い声を上げた。
「この学校の人たちどうしてそんな幽霊だの何だのが好きなわけ?」
「薄暗い森が傍にあるし、曰く付きの土地だし」
「知ってるの?」
「保健室の先生の受け売りだよ」
仁科先生。あの人色んな生徒にあの話してるのか。
「何でもこの土地、飢饉の時村人を見捨てて自分だけ助かろうとして、結果大勢の村人に呪われて破滅したとかいう村長の所有地で……」
「西本ちゃんまでやめてよ」
「歴史の話してるだけだよ。まぁ、そこに書かれていることも大概だけどね」
そう西本ちゃんが指した紙面を見る。〈御滝中学を囲む幽霊たち〉。そう特集が組まれている。
四角い枠。その中に書かれていたのは。
くれくれ幽霊。
じょったちこだち。
猿沼。
ぬばたま様。
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