第23話 川井と回想

 私みたいな家族にしか優しくされない女にも、たった一人友達がいたことがある。


 すごく趣味が広くて、コミュ力が高くて、

 本当に誰とでも仲良くなれる子だった。


 だから、その子は沢山友達がいた。

 私もその友達の輪に混ぜて貰ってた。


 彼女の友達たちは、色々な趣味を持っていた。

 アイドル、バンド、メイクにファッションブランド。

 彼女は、その全ての話題で話を盛り上げることができた。

 全く話題についていけない私にも話の内容を自然にわかりやすくたとえてくれたり。

 その場の全員が楽しくなるような会話の振り方をしてくれたり。

 ある種の天才だったと思う。


 誰もが彼女のことを好きだった。

 誰もが彼女と話すことを毎日楽しみにしていた。

 私も、好きだった。

 彼女が「ウチら大親友だからね!」と言うたびに安心感と優越感ゆうえつかんの入り混じったような奇妙な感情を覚えた。




 ――中学に上がるまでは。


 彼女は私と別の中学校に行ってしまった。

 私はひとりぼっちになった。


 アイドルの誰々さんが好きかも、とか

 最近このバンドに興味でたんだ、とか

 このブランドマジかわいいよね、とか


 みんなの話題についていけるよう色々なことを調べた。

 一通り勉強して、にわか知識だが話せるようになった。




 でも――駄目だった。

 私は、彼女のいない場所で自分の興味のない話題について話をすることも、されていることも苦痛だった。


 そんな私の振る舞いは、みんなの反感を買ったらしい。

 「話の内容わからないくせにわかってるフリしてるのがムカつく」

 「自分から話振らないよねあの子」

 「ちょっと顔がいいからって、調子乗ってるよね」

 そんな陰口が毎日聴こえてくる。


 まあ、そんなこんなで誰も私に話しかけて来ることはなくなって。休み時間も、放課後も、体育祭も、夏休みも。ひとりぼっちになってしまった。


 私は当然のように不登校になった。




 唯一、壊れそうな心を癒してくれると信じた大親友とのSNSも一週間に一度、返ってくるかどうかだった。


 彼女は新しい中学校で忙しいんだから、仕方がないと必死に自分に言い聞かせて。

 日々は緩慢かんまんに過ぎていった。





 ――中学二年の12月、突然のことだった。


 彼女から連絡が来た。


「制服で、二人っきりで、深夜に学校で肝試ししよう!」


 怪しむべきだった。「冬に肝試し?面白そう!」なんて、楽観すぎ。


 心の底から浮かれていたのだろう。

 私は選ばれたんだ。やっぱり彼女の大親友は私だけなんだ、と。



 学校に行くのすら億劫おっくうだったはずなのに、一年近く使っていなかったスクールバッグを持って学校に駆け出していた。



「ごめん!充電切れててさ!伊代の携帯貸して、ウチ後ろから撮ってるから!」


 私は大袈裟おおげさに怖がって、動画に写ってやる。この動画が何に使われたかなんて、、知りたくもないし考えたくもない。


 そうこうしているうちに、私達は体育倉庫の前に来ていた。

 ……今思えば、誘導されていたのだろう。

 彼女にうながされるまま、中に足を踏み入れる。



「ねえ、この後さ、せっかくだし久しぶりに家に――」



 全てを言い終わる前に、背後から強い衝撃があった。

 倒れそうになって、踏ん張って、振り向いて、何が起きたのか頭が理解をする前に。

 ガチャリという重たい鉄の音が辺りに響き渡った。




 激しい雨が降っている。

 窓ガラスに叩きつける雨粒は、お前はおろかだと嘲笑あざわらっているかのようで、すぐにでも逃げだしたくてたまらなかった。

 

 師走しわすの深夜にひとりぼっち。このまま朝まで誰も助けに来ないだろう。


 ざあざあと、止むことのない雨が降っている。


『今夜は特に冷え込み、ところによっては雪が降るでしょう』


 今朝の天気予報を信じて、下にもう一枚肌着を重ねて着てくればよかったと今更後悔する。


 くらい、つめたい、こわい、さみしい。


 涙は抱え込んだスクールバッグに落ちて吸い込まれていく。


 どうして、どうして、どうして、どうして。


 眠ってしまわないように必死に両肩を、壊れるくらいに握りしめる。


 誰か、誰か、誰か、誰か。


 走馬灯そうまとうなんて、まだ見たくもないのに脳裏に浮かぶのは大切な家族の思い出ばかり。






 嘘、今頭に浮かぶのは、ただ一人。

暗くて冷たくて怖がられる寂しがりなわたしを変えた、ただ一人の彼女。

 。たった一人の友達の顔。


 結局、意識も呼吸もあっという間に底を尽きて。呆気なく闇の底に沈んでいった。




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