第18話 王族と異世界転移族5

 深夜、カワイはガバッと起き上がる。

右隣にはネージュ、左隣にはパルファ、その奥にアイソレが。狭いマットレスの中にみっちり詰まりながらすうすうと寝息を立てて眠っている。

 眠れないのは美少女に包囲されていて緊張しているからというのもあるが、「職業鑑定飲料リアクタンD」――昼にしこたま飲まされた栄養ドリンクが一番の要因である。


 お花をみに行こう。

 そう思ったカワイは周りを起こさないようにそろりと起き上がり、部屋を出た。


 廊下には窓からの月明かりがぼんやりと射し込んでおり、幻想的な雰囲気をかもし出している。逢引あいびき、なんてロマンチックな営みはこんな夜に行われるんじゃないかしら。そんな風に考えながらトイレに入る。

 


 目が覚めたら異世界で、変態王女となんやかんやあって婚約関係になりました、だなんて。ケレン味だけは人一倍の単発漫画みたいな物語。昨日の自分に聞かせたら、どう思うだろうか?

 まず信じないだろう。というか、そんなトンチキとハレンチまみれの私最悪夢現状チラ裏誰得フィクションよりもっとトキメキとロマン溢れる私最強夢妄想展開と伏線が凄いヤツ所望しょもうしたい――

 でも、ああ、そうだ。じゃなかったと、考え直す。


 寝巻パジャマに着替える時に、ネージュからなんとか死守した一張羅お気に入り下着パンツを下ろし、そのまま便座に座る。ぼんやりと天井を見つめて、



 激しい雨が降っていた。

 窓ガラスに叩きつける雨粒は、お前はおろかだと嘲笑あざわらっているかのようで、すぐにでも逃げだしたくてたまらなかった。

 師走しわすの深夜にひとりぼっち。このまま朝まで誰も助けに来ないだろう。

 いや、もしかすると――

 ふと異世界に転生する設定のライトノベルを思い出す。カワイはあまり本を読む方ではないが、そういう作品が元いた世界には沢山あるという知識はあった。

 そして、大抵そういう作品の主人公は。つまり。


「もしなら。わたし、あの体育倉庫で――」


「大変ですわよカワイイヨ!」


 バーンと扉は開かれた。もちろん、トイレの。


「きゃああああああ!?何してるんだよ!何してるんだよ!!!」


「鍵開けは探偵の基本スキルですわよ!」


「王女のたしなみではない!」


 カワイはとりあえずトイレを流す。

羞恥しゅうちはもちろんあるが、この滅茶苦茶プリンセスの前ではギリギリ理性が勝っている。


「そんなことより硫黄いおうの香りがプンプンしますのよカワイイヨ!」


「えっ流しましたけど。そんな臭いです?匂いって自分では中々」


「間違えました、事件の香りがプンプンしてますのよカワイイヨ!」


「今日はもうどうしても休みたいんですけど、ダメですか?」


「さあ事件はわたくし達を待ってはくれません!全速全身ですわよ〜!」


「まあ、いつもの礼服ハイレグニップレスを着てた段階で薄々予想はついてたけどね……」


 やっぱりネージュに身体を抱き上げられるカワイイヨ。だが、その前に。


「あ、待ってください。わたし、まだ下着パンツを履いてないので」

「こちらは異世界のことを知るための重要な証拠しょうことしてわたくしが所持させていただきますね」

「は?え……ちょっと待って。王女様?わたしをこのまま抱え上げるつもりじゃ――」


「ヨイショー!ヨッコラセー!ヨッコラセー!」


「まてまてまてまてバカバカバカバカ」


 抵抗虚むなしくノーパンのまま事件現場にドナドナるカワイ。

 そしてやっぱり、事件は温泉で起きているのだった。




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