第13話 魔法使いとザマァ5

「嘘なのです!絶対違うのです!そんなはずないのですー!」


「事実はこの通りなんでねーまあ諦めて?現実を受け入れよーよ?」


「うう、許すまじ受付嬢ちゃん!覚えてやがれなのですー!」


 二人の少女がギャアギャアと言い争う姿を、ぼうっと見つめるカワイ。言いたいことは沢山あるが、今言ったら余計に面倒くさいことになる。そんな確信があった。

 なんとなく座ったマッサージチェアはコインを入れていない。本来の役割を果たさず、ただ椅子としてはしっかり機能するという半分だけしかその持ち味を生かせていないなんとも半端な状態。

 体調は万全、すぐにでもツッコミたいのにカチコむ気力がない現在の彼女のようである。


「ネージュ様のお友達ちゃん、お疲れさん。あっちは今どんな状態だい?」


「友達じゃないです。冷蔵庫にあるはずのオソイさんの魔法薬コード・ドラッグ、なくなっていたそうで。

現状ここに無いんだからそんなものは無い、むしろ変な言いがかりをつけてきて業務妨害したんだから損害賠償そんがいばいしょうだせとライアさんが横暴を暴発させています」


流石テラ悪魔さすテラ売り上げトップ顧客満足度ワーストワン貫禄かんろくはダテじゃねぇな。まあライア嬢はいつも通りだし、オソイも帰りに露店でなんか買ってやれば落ち着くだろ」


「ザマァさんの陰茎いんけいは爆発しなくて良かったですね」


「やだぁ!おんなのこが恥じらいもなく陰茎いんけいとか言わないの!」


 ザマァは股間を押さえながらクネつく。キモいな、と思ったが声には出さないカワイ。厄介事の種をくのも、かれるのも全てがわずらわしくて、勘弁してほしい。


「それで、何かご用でしょうか?わたしに構うよりも早くオソイさんを止めた方がいいと思いますよ。今にもライアさんに掴みかかりそうですし」


「まあそれはそうなんだが、ちょいと確認したくてな。これは俺の勘なんだが――お嬢ちゃんはさ、オソイの魔法薬コード・ドラッグ在処ありかを知ってるんじゃないかい?」


「……仮に、わたしが知っているって言ったらどうするんですか?」


 カワイはザマァを無表情で睨みつける。整った顔立ちが今はむしろ、箱に入れられた日本人形のように冷たい。


「いやいやどうもしないが、俺もさっさと帰りたいからな。ただ、もし知ってるんならお嬢ちゃんの体調は大丈夫かと少し心配になったんだよ」


「こういうのって時間が経てば身体から排出されると思うんですけど、違うんですか?」


「アイツの魔法薬コード・ドラッグを使った奴、滅多に見ないからわからん……悪いな」


「ロクに使われもしないのに、皆さんご存知の薬なんですね」


「まあ、旅行先の異国で木桶買うようなもんだよ」


「木刀感覚で木桶を買うな。木桶にえも言われぬトキメキを抱くな」


 軽い雑談アイスブレイクも終わったところで、話題は変わり。


「あー、お嬢ちゃんはアレだろ?異世界転移族とかいう他の世界から来た種族ってやつ」


「やっぱりこの制服ですか?珍しいそうですね」


 先刻、ネージュの華麗なる推理劇終了後。『激弱サラマンダー異世界乾燥機』で乾かしたブレザーを着たカワイはえりを掴んで見せた。


「まあそうだな。しかし異世界転移族か……大変だな」


 露骨に苦笑いをするザマァ。その表情にはあわれみが含まれている。


「わたし、魔族とやらと戦ったりなんか出来ませんからね。死にたくないので仕方なく王女様に付き従ってます」


「それもあるが、それ以上に。お嬢ちゃんは可愛らしくて細っこくて弱そうで、いかにもが好きそうな」「あ?誰がこけし体型だって?ち○こ今すぐ爆裂ばくれつさせてやろうか?」


「やだぁ!女の子が憎悪をむき出しでち○ことか言わないの!もーどうしても使いたいならおち○ち○とかにしましょうね!?」


「キモいわ、マジでキモいわ。なんで結婚できたの?」


「結婚?誰が?何の話だ?」


 両者共に首をかしげる。はて、ツイホーケイに聞いた話ではザマァに結婚の予定があるのではなかったか。カワイはその場で考え込む。


「あの、ザマァさんってもしかして――」


「あぁっと!?お嬢ちゃん悪い!まあー、ネージュ様と一緒にいるんなら大丈夫だとは思うが、国の外と夜道と悪役令嬢には気をつけるんだぞ!それじゃ俺はこれで!」


 ザマァはそう言って、ついにライアのふんどしパンツを掴み相撲すもうを始め出したオソイを止めに駆けていった。


 残された少女はマッサージチェアからゆっくり立ち上がる。気になることはあるけれど、どうしたものか。勝手にこの場から居なくなるとあの王女に何をされるかわかったものではない。だから、そう。だから仕方なく、ここで帰りを待つか――

 そう考えていると、不意にマッサージチェアの下に何かが見えた。


「あれ、ザマァさん何か落として……」


 拾い上げたそれはドレスで着飾きかざったベリーショートの女性が写った写真だった。

 裏側には『後はよろしく。オソイへ』と書かれている。


「オソイさんへ?なんで……」


 ああそういえば。オソイがザマァに馬乗りになった時、何かを腰から取り出そうとしていたような。

 ……これはもしかすると――


「カワイイヨー!終わりましたわー!今すぐにそちらに向かいますのでじっとしていてくださいませー!」


 思考を横からぶん殴るような大声が鼓膜こまくに反響する。カワイは写真をブレザーの内ポケットにじ込み、無駄な抵抗とわかりつつも『めちゃくちゃ話しかけて欲しくない人の雰囲気ふんいき』を出して応戦体制に入るのだった。




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