第4話 勇者とザマァ3

「僕のことはかばわなくていいよザマァ!本当のことを言ってくれ!」


「さっきから風呂で酒飲んでそのまま寝ちまったんだって言ってるだろ!なんなんだよツイ、今日のお前は色々変だぞ!?」


 無事、喉からまんじゅうを摘出されたツイホーケイは未だタオル一枚で地面に座り込むザマァに詰め寄っていた。


「お前はその封筒を見た後、多幸感に耐えきれなくなって風呂でおぼれちゃったんだよな!?」


「なんだ多幸感で溺れるって。確かに風呂で酒をしこたま飲むのは幸せだけどよ……というか封筒ってなんのことだ?」


「え?いや、だから――」


 こほんこほん!とネージュが不自然な咳払いをして話を遮る。


「ザマァ様、至急脱衣所で着替えてきてくださいませ!タオルが取れかかっています!そのままではザマァ様のマァ様が湯の元に晒されてしまいます!」


「ひゃあん!?申し訳ありません、すぐ着替えてきますう!?」


 ようやく現状に気づいたザマァはタオルで股間を握り隠しながら、猛スピードで脱衣所に駆け込んでいく。

 静まり返る男湯、最初に口を開いたのはカワイだった。


「……あのー、プリンセス。ちょっと質問いいです?」


「はい、なんでしょうかカワイイヨ?」


「さっきのトンチキ推理であなた、「封筒の封を切り中を見た」って言いましたよね?」


「ええ、言いましたわよ。それが何か?」


「あなたが封を切ったってことは、封筒は元々開いてなかったって認識で間違いないです?」


「はい、のり付けされていましたから。手でスパッと開けましたの!」


「……つまり、封筒の中に何が入っているかザマァさんはってことになりませんか?」


「…………」


 至極真っ当な推理を聞いて、ネージュは少し考えこんだ後、満面の笑みで


「もちろん、ご存じないでしょうね!」


 と言い切った。


「はあ!?あんたそれ推理の前提が崩れるのわかってて言ってる!?」


「前提も何も、今回の事件はザマァさんご自分が酔っておぼれた事故だと仰っていたではありませんか。お聞きになっていなかったのですか?」


「じゃあここまでの推理劇はなんだったんだよ!!!」


 風呂場に反響する甲高い声をネージュは無視し、困惑している少年の手を取り優しく語りかける。


「ツイホーケイ様、先程カワイイヨが言ったようにザマァ様はまだ封筒の中身をご存じありません。つまり……今ならまだやり直せますわ」


「え……?」


「ギルドに戻りザマァ様の解雇を取り消すことをオススメ致します、当日中なら間に合うかと。もちろん、ザマァ様と一緒に、ね?」


 少年勇者は大きく頷き、すぐに脱衣所の方に駆け込んでいく。ややあって、わかった!戻る!戻るから腹を全力で揉みしだくのやめろ!と男の野太い声が聞こえてきた。




――――――――――――――――――――




 しばらく後、脱衣所の喧騒けんそうが消え、男湯に取り残されたは銀と黒の少女が二人。黒の少女は長く大きな溜め息をつく。


「やっと終わった、長い茶番だった……」


「終わっていませんわよ?むしろ、これは始まりと言っても過言ではありませんわね」


「盛大に何も始まらなかったじゃないですか」


 ネージュは案の定ハイレグから取り出したティーカップ(ソーサー付き)を傾けながらカワイに語りかける。


「ツイホーケイ様は何かを隠しておりました。ザマァ様の解雇に関することかとは思われますが……これから、その隠し事絡みで事件が起こる。そんな予感がするのですわ」


「さっきあなたのせいでありもしない事件が起こりかけたんですけどね」


「とにかく、ツイホーケイ様達の足取りから目を離さないように致しましょう。この事件は濁り湯の下から浮上する時を今か今かと待ち侘びているのですから!」


「さっきあなたのせいで冤罪えんざいが引き揚げられそうになったんですけどね」


「そうと決まれば早速!ツイホーケイ様達を追跡しますわよ!ついてきなさいカワイイヨ!」


「は?いや、なんでわたしが……」


「だってあなた異世界の方でしょう?しかも転移してきたばかりの。行くアテがありますの?」


「う、えっ?」


 不意を突かれた少女は黒曜石こくようせきのような目を丸くして驚く。王女はやっぱりまさかハイレグから取り出したティーポットを高く掲げ、ティーカップに紅茶を注いだ。


「異世界……転移?夢じゃなくて……?」


「転移族の方は皆さん似たような反応をしますわね。先に結論だけ申し上げてしまいますと、貴女は異世界からの来訪者、我々からしてみれば別の世界からやってきたという未だ素性すじょうの知れないイキモノ、ということになりますわ」


「素性の知れないイキモノ……」


「他の転移族の方からお伺いしている限り、そちらの世界では言葉で意思疎通を図れるのは同じ種族だけなのでしょう?こちらの世界では多様な種族が同じ言語でコミュニケーションを図ることが出来ますの。そのため我々は貴女方を別の世界から来たイキモノ、異世界転移族という括りで扱わせていただいておりますわ」


 ハイレグから出した紅茶を一口含み、自身のティーカップをカワイに差し出すが無言で突き返されプクリとふくれる王女。


「異世界転移族……まあつまり、わたし以外にも転移してきた人がいるってことですね」


「ええ、数は少ないのですけれどね。

……話を戻しまして、今重要なのは貴女がこれからどうするべきか、ですわね。まあ長々と話すのも時間がもったいありませんから、さっくり選択肢をお出ししますわ☆」


 ネージュは紅茶が入ったままの諸々をハイレグに戻してから脈絡みゃくらくもなくカワイを抱き寄せる。そして、谷間の少女イキモノにハイレグ茶の熱が残る吐息で、こう囁きかけた。


わたくしの捜査に協力するか、このまま外に出て死ぬか、選んでくださいませ」

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