第3話 勇者とザマァ2

「…………」


 少年はその場にへたり込んだまま、のぼせたように動かない。

 そこに、ぴちゃぴちゃと音を立てながら温泉から這い出てきたカワイが異議を唱える。


「さっきから黙って聞いていれば滅茶苦茶なことばっかり言いやがるな、このハレンチ大王女!ツッコミ所しかないじゃねえか!」


「ふ、ツッコミなんて不可能でしてよ。さながらシュワシュワのビンからビー玉を抜く事ができないのと同じですわ!」


「んなもんブチ割れば取れるだろ。そもそも何が多幸感によるショック死だ、そんなんで人が死んでたら温泉は墓場になるわ!」


「封鎖すればよいのでなくて?」


「全国の温泉封鎖できるか!」


 落ちた外套がいとう羽織はおり直すネージュとずぶ濡れのブレザーを脱いで絞っているカワイの会話を途中で切ったのはツイホーケイだった。


「僕だ……僕なんだ……ザマァを殺しかけたのは……!」


「えっ、今の話真に受けたの?二人の時は泥酔でいすいしておぼれたってことで話がまとまってたのに?」


「だって!もう、そうとしか考えられない!今のむちむちプリンセスの推理を聞いてハッとした!多幸感でショック死なんて……想像すらしてなかった!」


「でしょうね」


 項垂うなだれながらツイホーケイは居住いずまいを正し、事件の真相――真実の告白を始めた。


「もともと、パーティ内でザマァを解雇する話は出ていたんです。あいつ定年か、嫁でもできたら実家の農家を継ぐって話をしていたから」


「定年を迎える年には見えないし、結婚の予定があるってこと?」


「……まあ、そういうことで。来月ザマァには内緒であいつのお別れ会をしようって話になったんです」


「ですが、その会が開かれることはありませんでした。ツイホーケイ様、本日ザマァ様と何かトラブルがあったのですわね?」


「はい、ザマァに見られちゃって、その封筒。今思い出せば封はしてたので中は見られてなかったんですけど……その時の僕、頭が真っ白になってて。とりあえず『お前は今日でクビだ!今すぐ荷物をまとめてこの国から出て行け!』って言ってしまって」


「なぜぇ?」


「なんかつい口から出てきちゃって……その後しばらく一人で考えてたんですけど、ヤバいこと言ったな僕!って気づいて後を追いかけたんです、道ゆく人に行き先聞いて。それで、やっと追い着いたと思ったら風呂の中であいつが浮いてて……」


おぼれたザマァ様を発見した貴方は隣の女湯にいたカワイイヨと救助活動にあたった、ということですわね」


 ツイホーケイは力無く頷き、そのまま両目からポロポロと涙を流しながら話し続ける


「うぅ、ザマァ……遅かったんだ……僕のせいで幸せになりすぎてしまったばっかりに……」


「幸せになりすぎてしまったばっかりに?」


「とにかく、ザマァを殺しかけたのは僕の責任です。殺人計画だなんて……立てたつもりはありませんでしたが、結果的にそうなってしまったのならどんな処分も受けるつもりです。むちむちプリンセス、後はよろしくお願いいたします」


 そう言って、両手をネージュに差し出した。

ネージュはそんな少年の近くにしゃがみ込み、その両手の上に白い指を重ねる。


「罪の告白、さぞお辛かったでしょう。これでもお召し上がりになって元気を出してくださいませ」


「これは……!ルミエーラ王国印の王国まんじゅう(赤)!」


「さっきの封筒もそうだけどハイレグから物を取り出すな。下品の四次元ポケットやめろ」


 号泣しながらまんじゅうを貪る勇者。ネージュはその様子をじっと見つめながら静かに語りかけた。


「ツイホーケイ様、貴方は今回の罪を勇気を持って認めてくださいましたわ。結果的に今回は殺人未遂ということになってしまいましたが……情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地はあるでしょう、気を落とすことはありませんわ。それより――?」


「!!ぐっ……げっほげほ!」


 思いっきりまんじゅうを吹き出したツイホーケイをネージュは鋭く追求する。


「このむちむちプリンセスの前で隠し事など通用すると思わないことですわね、さあお話してくださいませ……時に、先程ツイホーケイ様はまんじゅうを完食してしまいましたわね?」


「あんた一国の王女のクセに、まさかまんじゅうに自白剤を……!?」


「いえ、反応的にこしあんはイケる口のようでしたのでつぶあんのまんじゅうをお口にぶち込みましてよ!」


 ハイレグから抜かれた細い五指にはルミエーラ王国印の王国まんじゅう(緑)が挟まっている。

 そのまま、まんじゅうの包み紙を目にも止まらぬ速さで取り除き、小さな口に突っ込んでいく!


「ん……ぐっ!」


「吐きましてよ吐きましてよ!さあ、この粒の猛攻耐えられまして!?」


 ナカを暴力的な粒が支配していく感触、ぐにぐにとオクの敏感な場所を押し上げられる感覚、舌に広がるザラつきと滑らかさの混じり合う感嘆。

 限界エクスタシーは近い。


「んんんんっっっ!?らめぇ!あんがあふれりゅのぉぉぉ!」


「ちょっとプリンセス!吐きそうだぞその人、物理的に!?」


「うおぉぉぉお!このまま全部出してしまいませ!」


「で、出……!!!」


「うるせーーー!何がツイホーだ諦めきれるかーーー!!!」


 男湯に響く野太い叫び声、一斉に振り返る三人。そこには先程まで転がっていたトド、もとい被害者ザマァが上体を起こしていた。


「まだ!この国から出てくわけにはいかねぇ!ボトル半分も残って……ってあれ、ツイ?なんでここに?それに……ネージュ様!?」


「お目覚めですわねザマァ様、ちょうど良いのでそこの洗面器をとってくださいませ。そろそろ吐きそうですので」


「吐きそうって何……うわっツイ!?顔だけ俺みたいになってんじゃねぇか!大丈夫か!?誰にやられた!?」


「何食わぬ顔でまんじゅうの包み紙をハイレグに戻してるそこのプリンセスですね」


 身体を起こした際、タオルがずれたことで頭を覗かせかけているザマァの黒い温泉卵×2から全力で目を逸らしつつカワイは冷静にツッコむ。


「つまり、犯人は今からむちむちプリンセスが推理するんですね!?今Myゴングとってくるんで待っててください!」


「今立たないでください動かないでくださいあとMyゴングって何だ、まさかルミエーラ王国民はみんな持ってる感じか?」


「え、あんた持ってないのか?」


「普通1.5kgのゴングは日常的に持ち歩かねぇよ」


「違いましてよカワイイヨ!『持ち運びできるゴングの重さは1126g』とルミエーラ国際探偵条約第37条で決まっているのですわ!」


「そんなもん国際条約にするな。ほんとにとんだ無法地帯だなこの国は」


「うっ………!」


 口にまんじゅうをパンパンに詰め込んだツイホーケイがその場に倒れ込む音がした。


「ツイ!?いっぱい出たのかツイ!?」


「まだ何も出ていませんわね、倍プッシュが必要かしら?」


「……いや違う、これ喉に詰まらせてるぞ!?ちょっとプリンセス!背中叩いて叩いて!」


「そういうことならお茶の湯さいさいですわ!お任せくださいませ!」


 少女の左手と右手が乾いた音で合わさった。

 カワイは若干距離を空けながら合掌がっしょう、ザマァはお手柔らかに……と眉尻を下げながら呟く。


 鈍い打撃音が男湯に炸裂した。

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