13日目 午前中 日和
かた、かた、かたた――朝、私はそんな音で目を覚ました。
布団から起きあがり、目を擦りながら物音がした方を見ると、バルコニーの手すりを小さな鳥が跳ねながら移動している。
と、何かの気配を感じ取ったのか、鳴き声とともに鳥は飛び去った。
窓の外は昨夜まで降り続いた雨がウソのように雲ひとつない青が広がっていた。
伸びをして窓を開けると新鮮な空気を胸一杯吸い込んだ。
スマホを手に取る。アドレス帳着信を見つめていると自然、口もとが緩んでくる。
昨日、朝倉さんと友達になり、番号などを交換したのだった。
誰かが階段を上がって来てわたしの部屋のドアをノックした。きっと、お母さん。
「日和、入るわよ」
「うん」
部屋に入って来たお母さんが少し目を見開いてたずねる。
「あら日和、熱は大丈夫なの?」
「うん、もうばっちり」
それでも心配性なお母さんはわたしの額に掌を添え、黒猫のアナログ式体温計を手渡してきた。 35度7分。普段の平熱だ。
お母さんは「ふむ」とだけいって軽く頷き、さっさと部屋を後にした。
朝食はお粥ではなく、いつも通りだった。
10時半。時計の針きっかりにわたしのスマホが掌の中でコール音を発する。1回目の
コール音では出ない。いかにも「待ってました!」という感じがして恥ずかしいから。
2度目のコール音が鳴り終わり、3度目が鳴り始める、その間を縫うようにして(まるで英
のリスニング問題で、電話の問題に登場する外人みたいなタイミングで)手に持ったスマホの通話マークを親指でスライドした。
「は、はい…も、もしもし」
「もしもし」
電話口から朝倉さんの声が聞こえてくる。
声を聞いてようやく昨日、私は彼女の友達になったんだなぁと実感できた気がする。
「もしもし…どうかした?」
相手が少し困ったような声を出す。
「あ、ご、ごめん。何でも無いよ」
「風邪、治ったの?」
「うん、今日起きたらすっかり治ってた」
「あはは、そっかそっか、良かったね日和」
彼女は私のことを『日和』と呼び。
「あの…あ、ありがと……と、とも……ちゃん」
私は彼女のことを『ともちゃん』と呼ぶ。
そんなことでちょっと幸せになれる。なんだか不思議、魔法みたいだ。
受話器を一度外し、彼女に聞こえないように深呼吸をする。受話器を強く握り、おそる
おそる口を開く。
「あのさ、ともちゃん」
「ん?」
「あの…き、今日さ、一緒に、どこかに出かけたい、なぁ~んて……」
内心ガチガチに緊張しているのを悟られないよう、できるだけ平板な声でたずねてみたつもりだ。とりあえず語尾が軽いノリになってしまったことは気のせいだと全力で思い込むことにしておく。
「ダメ」
一片の容赦も許さずに、すっぱりと切り捨てられた。
「あんたまだ病み上がりなんだから。今日は休みだし、ちゃんと自宅で体を休めなさいよ」
「あ、は、はい……あ、あの、ともちゃん。じゃ、じゃあさ、明日の日曜日は、ど、どうかな?」
「明日? 悪い、明日は用事があって出かけないといけないんだ」
「あ…そ、そっか。 う、うん、わかった」
そうだよね、昨日友達になったばっかりでいきなり過ぎるよね。
想定内の返事ではあったけど、肩がしょんぼりと垂れるのは止まらなかった。
「……あのさ、日和」
「あ…うん。な、なあに?」
「ごめんね」
沈んだ。昨日の『一緒の約束』のことを思い出しているのかもしれない。
そんな、別に気にすることないのに……いや、気にして欲しいけど。でも、今回のは明らかにわたしのわがままだし……ともちゃんが気にかけることじゃない。
その旨をどう伝えようか考えていると…。
その代わりってわけでもないけどさ、今から日和ん家に遊びに行ってもいいかな?」
「え?」
「ダメかい?」
「え、いや…そ、そんなことないよ! ようこそだよ!」
「あはは。じゃあ……」
そのままともちゃんが黙り込んでしまう。
私はしばし耳をすませて待ってみたが、し
びれを切らし、思い切ってたずねた。
「あの……ど、どうかしたのともちゃん?」
「空」
「空?」
「いいから、見てみなよ」
首を傾げながら窓辺に立ち、空を仰いだ。
「…きれい…」
思わず感嘆の息を漏らした。
昨日朝方まで降り続いた雨が、青空のキャンバスに7色のアーチを描かせていた。
わたしたちは今、虹の空のもと、スマホを手に、 確かに繋がっている。
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