8日目 朝 日和
寝返りをして小さなうなり声とともに目を覚ました。
「·····ぅ···ん··········あ、あれ?」
半身だけ起き上がり、寝起き独特のとろんとした瞳で室内を見回す。
「……夢……か」
奈月ちゃんと一緒に登校する夢を見た。いつもの場所で待ち合わせをして、並んで話をして、一緒に笑って、一緒に勉強して、一緒に昼食を食べて、一緒に下校して、帰宅後、一緒に買い物に出かける。そんな夢だった。
それはつい数日前まで、わたしと共にあった日常風景だった。
もう戻っては来ない、失われた時間……。
「い、た……」
頭に軽い鈍痛がして、顔をしかめた。
額に手を添え、じっとしているとすぐに痛みは引いていった。
額に手を添えたまま、視線を机に向ける。
机の上には黒猫のキーホルダー。
奈月ちゃん、元気にしてるかな?
新学期が始まる前日までわたしは毎日といっていいほど奈月と電話をしていた。
奈月ちゃんと電話で話をしていると新しい学園生活に対する不安を忘れることができた。
彼女の声には何か、こころをホッとさせるものがあった。
わたしたちは一度電話をすると2時間くらい平気で話をしてしまう。あるときなんて4時間も電話をしていたことがあった。その後は耳と腕が筋肉痛みたいになって大変だった。
カレンダーを眺める。新学期が始まって、ちょうど1週間が経っていた。その間、奈月
ちゃんからの連絡はなく、わたしのほうからも連絡はしなかった。わたしが慣れない環境にまいってるように、彼女もいろいろと大変なんだろう。
1週間……か。
新しい学校での生活を想い、わたしはため息をついた。
今のところわたしにとって仲がよいと言える人は司書の古河さんだけだ。旭さんとは図書準備室で話をして以来、ときどき話しかけてくることもあったが、その内容のほとんどがわたしに対しての質問であり、ポケットサイズのノートとシャーペンを持つ彼女との話は、会話というよりもむしろ取材といったほうが正しい気がする。
朝倉さんはわたしのこと、どう思っているんだろう。やっぱり……。
ゆっくりと息を吐き出して気持ちを落ち着ける。しばらくそうしてから両手を床につき、徐々に力を加えながら、慎重に、起き上がる。
机のところまで歩くとキーホルダーをきゅっと握った。握りながら、スマホの待ち受け画面を見た。
「……」
一瞬、思考が止まった。目を擦り、再度画面を確認する。
「……」
やはり、思考が止まる。ハッとして、布団のほうに振り返る。
「……ない……」
ベッドまで歩き、腰を落とすと周囲に視線を巡らせる。捜し物はすぐに見つかった。
5つの目覚まし時計がベッドの下に転がっていた。確かに目覚まし時計は役割を果たしたようだった。それらを見つめ、がくりとうなだれた。
「5つでも、足りないの」
小学校、中学校、高校…… 年齢が上がるにつれ、比例するように目覚まし時計の数が増
えていた。わたしがため息をついているとお母さんの声が聞こえてきた。
「日和〜、起きなさ~い。そろそろ起きないと遅刻するわよ~」
返事をするとスマホを手に部屋を後にする。階段を下りながら、これから学校に行くと思うと、体が少しだるくなった気がした。
顔を洗っても頭はぼーっとしていて、体のだるさも抜けない。食欲がなく、ご飯を一口
二口食べただけで後はみそ汁をなんとか流し込み、早々と自室に戻り制服に袖を通した。
玄関に行くとお母さんが心配そうな顔をして待っていた。お母さんのそんな顔を見るのが嫌で、わたしは極力そちらを見ないよう前かがみで靴を履いた。
ドアの取っ手に手をかけたとき、お母さんがわたしを呼んだ。
「これ、おにぎりだから。学校でお腹空いたら食べなさい」
そういってビニール袋を手渡してくれた。 ビニール袋の中には銀紙に包まれた2つのお
にぎりが入っていた。
さっき握ったばかりなのだろう、ビニール越しにでもその熱を感じることができた。
心配かけてごめんね、お母さん。内心思いながら、小さく頷いた。
「ほらほら、学校遅れるわよ」
お母さんが元気づけるような声で背中をとんと一度、叩いてくれた。
天気予報士さんが言った通り、肌寒い朝だった。自転車を
空を見ると、ひとりぼっちの雲が強風に
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